・・・と岡本の言葉が未だ終らぬうち近藤は左の如く言った、それが全で演説口調、「イヤどうも面白い恋愛談を聴かされ我等一同感謝の至に堪えません、さりながらです、僕は岡本君の為めにその恋人の死を祝します、祝すというが不穏当ならば喜びます、ひそかに喜・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・杜氏は冷かすような口調だった。「はア。」「いつ出来たんだ?」「今日で丁度、ヒイがあくんよの。」「ふむ。」「嚊の産にゃ銭が要るし、今一文無しで仕事にはぐれたら、俺ら、困るんじゃ。それに正月は来よるし、……ひとつお前さんから・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・あやしげな口調になった。「こうして、監督がここへかついで来さしたんだから、勿論、まだ、命はあったかもしれんな。」「先生が見て即死なら、見られたその通りを書いて呉れりゃいゝじゃありませんか。」 返事がなかった。「わしら行って見た時・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・と云ったその言葉は極めて簡単であったが、打水の涼しげな庭の景色を見て感謝の意を含めたような口調であった。主人はさもさも甘そうに一口啜って猪口を下に置き、「何、疲労るというまでのことも無いのさ。かえって程好い運動になって身体の薬になる・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・返すほどなお逡巡みしたるがたれか知らん異日の治兵衛はこの俊雄今宵が色酒の浸初め鳳雛麟児は母の胎内を出でし日の仮り名にとどめてあわれ評判の秀才もこれよりぞ無茶となりける 試みに馬から落ちて落馬したの口調にならわば二つ寝て二ツ起きた二日の後・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・いやに、老成ぶった口調だったので、みんな苦笑した。次兄も、れいのけッという怪しい笑声を発した。末弟は、ぶうっとふくれて、「僕は、そのおじいさんは、きっと大数学者じゃないか、と思うのです。きっと、そうだ。偉い数学者なんだ。もちろん博士さ。・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・号令口調というんだね。孔子曰く、はひどいね。」と、さんざ悪口言いました。ちゃんと長兄の侘びしさを解していながら、それでも自身の趣味のために、いつも三兄は、こんな悪口を言うのでした。人の作品を、そんなに悪く言いながら、この兄ご自身の作品は、ど・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・その一種特別な節をつけた口調も田舎者の私には珍しかったが、それよりも、その説明がいかにも機械的で、言っている事がらに対する情緒の反応が全くなくて、説明者が単にきまっただけの声を出す器械かなんぞのように思われるのがよほど珍しく不思議に感ぜられ・・・ 寺田寅彦 「案内者」
歌の口調がいいとか悪いとかいう事の標準が普遍的に定め得られるものかどうか、これは六かしい問題である。この標準は時により人により随分まちまちであってその中から何等かの方則といったようなものを抽き出すのは容易な事とは思われない・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・桂三郎はのっしりのっしりした持前の口調で私の問いに答えた。「これからあなた、山手まではずいぶん距離があります」 広い寂しい道路へ私たちは出ていた。松原を切り拓いた立派な道路であった。「立派な道路ですな」「それああなた、道路は・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫