・・・ 石の卓に片肘をついている深水の演説口調を、三吉はやめさせたいが、彼女は上体をおこして真顔できいている。たかい鼻と、やや大きな口とが、すこしらくにみられた。三吉はわざとマッチを借りたりして妨害するが、深水の演説口調はなかなかやまない。そ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・と婆さんは大軽蔑の口調で余の疑を否定する。「同じ事で御座いますよ。婆やなどは犬の遠吠でよく分ります。論より証拠これは何かあるなと思うとはずれた事が御座いませんもの」「そうかい」「年寄の云う事は馬鹿に出来ません」「そりゃ無論馬鹿に・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・女は例のごとく過去の権化と云うべきほどの屹とした口調で「犬ではありません。左りが熊、右が獅子でこれはダッドレー家の紋章です」と答える。実のところ余も犬か豚だと思っていたのであるから、今この女の説明を聞いてますます不思議な女だと思う。そう云え・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・やがて宴が始まってデザート・コースに入るや、停年教授の前に坐っていた一教授が立って、明晰なる口調で慰労の辞を述べた。停年教授はと見ていると、彼は見掛によらぬ羞かみやと見えて、立つて何だか謝辞らしいことを述べたが、口籠ってよく分らなかった。宴・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・あるいは口調をよくして「学校はいらぬ子供のすてどころ」といわばなお面白からん。斯る有様にては、仮令いその子を天下第一流の人物、第一流の学者たらしめんと欲するの至情あるも、人にいわれぬ至情にして、おそらくは事実には行われ難からん。枯木に花を求・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・なるほど、細根大根を漢音に読み細根大根といわば、口調も悪しく字面もおかしくして、漢学先生の御意にはかなうまじといえども、八百屋の書付に蘿蔔一束価十有幾銭と書きて、台所の阿三どんが正にこれを了承するの日は、明治百年の後もなお覚束なし。 こ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・九百貫という方が口調がいいね。」「そうだ、そうだ。どれだけいいか知れないね。おい、みんな。今日は石を一人につき九百貫ずつ運んで来い。もし来なかったら早速警察へ貴様らを引き渡すぞ。ここには裁判の方のお方もお出でになるのだ。首をシュッポオン・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ 異教徒席の中からせいの高い肥ったフロックの人が出て卓子の前に立ち一寸会釈してそれからきぱきぱした口調で斯う述べました。「私はビジテリアン諸氏の主張に対して二個条の疑問がある。 第一植物性食品の消化率が動物性食品に比して著しく小・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・いかにも小供らしい口調で伏目になりながら云う。ペーンはシリンクスの話のあんまり子供らしいのと泣きぬれてました美くしさにみせられて頬をうす赤くしながらそのムッチリした肩を見ながら、ペーン ほんとうにマア、お前は美くしい体と・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ひどく尊敬しているらしい口調で話して、その外の事は言わずにしまった。丁度親友の内情を人に打ち明けたくないのと、同じような関係らしく見えた。 そこで己は外の方角から、エルリングの事を探知しようとした。 己はその後中庭や畠で、エルリング・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫