・・・まず床の間にはいつ行っても、古い懸物が懸っている。花も始終絶やした事はない。書物も和書の本箱のほかに、洋書の書棚も並べてある。おまけに華奢な机の側には、三味線も時々は出してあるんだ。その上そこにいる若槻自身も、どこか当世の浮世絵じみた、通人・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ 彼れは器用に小腰をかがめて古い手提鞄と帽子とを取上げた。裾をからげて砲兵の古靴をはいている様子は小作人というよりも雑穀屋の鞘取りだった。 戸を開けて外に出ると事務所のボンボン時計が六時を打った。びゅうびゅうと風は吹き募っていた。赤・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・所謂古い言葉と今の口語と比べてみても解る。正確に違って来たのは、「なり」「なりけり」と「だ」「である」だけだ。それもまだまだ文章の上では併用されている。音文字が採用されて、それで現すに不便な言葉がみんな淘汰される時が来なくちゃ歌は死なない。・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・荒庭に古い祠が一つだけ残っている……」 と言いかけて、ふと独で頷いた。「こいつ、学校で、勉強盛りに、親がわるいと言うのを聞かずに、夢中になって、余り凝るから魔が魅した。ある事だ。……枝の形、草の影でも、かし本の字に見える。新坊や、可・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 家なみから北のすみがすこしく湖水へはりだした木立ちのなかに、古い寺と古い神社とが地つづきに立っている。木立ちはいまさかんに黄葉しているが、落ち葉も庭をうずめている。右手な神社のまた右手の一角にまっ黒い大石が乱立して湖水へつきいで、その・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・ 家は古いが、細君の方の親譲りで、二階の飾りなども可なり揃っていた。友人の今の身分から見ると、家賃がいらないだけに、どこか楽に見えるところもあった。夫婦に子供二人の活しだ。「あす君は帰るんや。なア、僕は役場の書記でくたばるんや。もう・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・尤も長崎から上方に来たのはかなり古い時代で、西鶴の作にも軽焼の名が見えるから天和貞享頃には最う上方人に賞翫されていたものと見える。江戸に渡ったのはいつ頃か知らぬが、享保板の『続江戸砂子』に軽焼屋として浅草誓願寺前茗荷屋九兵衛の名が見える。み・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ことにわれわれのなかに一人アメリカのマサチューセッツ州マウント・ホリヨーク・セミナリーという学校へ行って卒業してきた方がおりますが、この女学校は古い女学校であります。たいへんよい女学校であります。しかしながらもし私をしてその女学校を評せしむ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・今まで逢ったこともないこの男が、女のためには古い親友のように思われた。「この位稽古しましたら、そろそろ人間の猟をしに出掛けられますでしょうね」と、笑談のようにこの男に言ったら、この場合に適当だろうと、女は考えたが、手よりは声の方が余計に・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ ある日のこと、古いひのきの木と、たかとが話をしたのであります。「いま、人間は、ひじょうな勢いで、いたるところで木を伐り倒している。いつ、この林の方へも押し寄せてくるかしれない。人間は、りこうかと思うと、一面は、ばかで、自分から火を・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
出典:青空文庫