・・・給金はなくて、小遣いは一年に五十銭、一月五銭足らずでした。古参の丁稚でもそれと大差がないらしく、朋輩はその小遣いを後生大事に握って、一六の夜ごとに出る平野町の夜店で、一串二厘のドテ焼という豚のアブラ身の味噌煮きや、一つ五厘の野菜天婦羅を食べ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 往時、劇場の作者部屋にあっては、始めて狂言作者の事務を見習わんとするものあれば、古参の作者は書抜の書き方を教ゆるに先だって、まず見習をして観世捻をよらしめた。拍子木の打方を教うるが如きはその後のことである。わたしはこれを陋習となして嘲・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・私は私の先輩なる高等学校の古参の教授の所へ呼びつけられて、こっちへ来るような事を云いながら、他にも相談をされては、仲に立った私が困ると云って譴責されました。私は年の若い上に、馬鹿の肝癪持ですから、いっそ双方とも断ってしまったら好いだろうと考・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ 智識は素と感情の変形、俗に所謂智識感情とは、古参の感情新参の感情といえることなりなんぞと論じ出しては面倒臭く、結句迷惑の種を蒔くようなもの。そこで使いなれた智識感情といえる語を用いていわんには、大凡世の中万端の事智識ばかりでもゆかねば・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・地獄では我々が古参だから頭下げて来るなら地獄の案内教えてやらないものでもないが、生意気に広い墓地を占領して、死んで後までも華族風を吹かすのは気にくわないヨ。元来墓地には制限を置かねばならぬというのが我輩の持論だが、今日のように人口が繁殖して・・・ 正岡子規 「墓」
・・・工場の技師、関係トラストの支配人、古参な職長一味が何とかして、ソヴェト権力の認めた労働者の工場管理権を、自分達の手で、ブルジョアへ奪還したいと思う。反革命的策動が組織された。労働者出の工場管理者を、いろいろなことで工場内の反革命分子がいじめ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・てめっかちで……ひげのおじさんはおねがいの叶ってしまうそれまでは眼玉は入れてやらぬと云う……それじゃあおじさんが死ぬるまでわしらはやっぱりめっかちだ、師走の晦日におじさんは古参の順に降させて 「この性わるなだ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・女も古参女史になれば男と同等、政治談合を待合でやって冷汗も掻かなくなるものかと、笑ってすぎることであろうか。 戦争の惨禍と、人民生活の犠牲。なかでも弱い女の蒙っている打撃の致命的な深刻さを痛切に理解し、一刻も早い適切な処置を思うなら、戦・・・ 宮本百合子 「人間の道義」
・・・ 祖父はゴーリキイの頭へ手をかけて、首を下げさせた。「サーシャの云うことを聞くんだ。お前より、年も上だし、役目も上なんだから……」 古参ぶったサーシャは出目を突出して、云うのであった。「祖父さんの云ったことを忘れちゃ駄目だよ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 木村はこの仲間ではほとんど最古参なので、まかない所の口に一番遠い卓の一番壁に近い端に据わっている。角力で言えば、貧乏神の席である。 Vis-ウィザ ウィイス の先生は、同じ痩せても、目のぎょろっとした、色の浅黒い、気の利いた風の男・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫