・・・千住大橋まで行って降りてはみたが、道端の古物市場の外に見るものはないので、すぐに「転向」してまた上野行に乗込み、さて車内の乗客を見渡すと、先刻行きに同乗した見覚えの顔がいくつも見つかったそうである。多分みんな狐につままれたような顔をしていた・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・帳面は俳句日記かなんかの古物であったかと思うが、明けて見るとなるほどいろいろの人の手跡でいろいろの句がきたなく書き散らしてある。自分は俳人でもないからと一応断わってみたが、たってと言われるので万年筆でいいかげんの旧作一句をしたためて帳面を返・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・とっつきは狭い格子戸で、下駄を脱ぎ散らした奥の六畳と玄関の三畳の間とをぶっ通しにして、古物めいた椅子と卓子とが置かれているのである。 男が二人いて、それぞれ後から後から来る客にアッテンドしている。年は二十八九と四十がらみで、一目見ても過・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・屋根は仮令トタン葺きでも、家全体が古物でも、眺め、自然を感じる植物の多いのはよい。内部は、翌日の午後でなければ見られないことになって居た。「どう?」 自分は、手を入れて低く仕立てた八つ手の傍に立ってAに訊いた。「どうだね?」・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・ そして、きわめて純粋な英国式解釈で、一般大英国人の社会奉仕の観念につき、商魂につき強固な社会的訓練および公平な勝負の価値について古物的な東方からの客を啓蒙する。 ある夕方、日本女がその客間に坐っている。彼女はロンドン表通りに於て他・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫