・・・ 給仕の一人が吃りながら、こう答えた。「何、関係名詞? 関係名詞と云うものはない。関係――ええと――関係代名詞? そうそう関係代名詞だね。代名詞だから、そら、ナポレオンと云う名詞の代りになる。ね。代名詞とは名に代る詞と書くだろう。」・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・戸部さんは吃りで、癇癪持ちで、気むずかしやね。いつまでたってもあなたの画は売れそうもないことね。けれどもあなたは強がりなくせに変に淋しい方ね。……戸部 畜生……とも子 悪口になったら、許してちょうだい。でも私は心から皆さんにお礼し・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・伊助は鼻の横に目だって大きなほくろが一つあり、それに触りながら利く言葉に吃りの癖も少しはあった。 伊助の潔癖は登勢の白い手さえ汚いと躊躇うほどであり、新婚の甘さはなかったが、いつか登勢にはほくろのない顔なぞ男の顔としてはもうつまらなかっ・・・ 織田作之助 「螢」
・・・柳吉はいささか吃りで、物をいうとき上を向いてちょっと口をもぐもぐさせる、その恰好がかねがね蝶子には思慮あり気に見えていた。 蝶子は柳吉をしっかりした頼もしい男だと思い、そのように言い触らしたが、そのため、その仲は彼女の方からのぼせて行っ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・そして老人がまだ口を開く隙のないうちに、あわただしく、吃りながら、さも待ち兼ねていたように、こう云った。「おじさん。聞いておくれ。おいらはもう二日このかたなんにも食わないのだ。」 青年の常で、感情は急劇に変化する。殊に親の手を離れて・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ と、やっきになっているけれど、彼はひどい吃りなので、すぐ何倍も大きな高坂の声にかきけされてしまった。「――だからさ、だからわしは、小野がいるときから、アナだの何だの、支持したこたァないよ。そうでしょう、そうですとも。だいたい諸君は・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 憤りでブルブルと声を震わせ、吃りながら、番頭の前へずり出して噛みつくように叫んだ。「云う事うにもことう欠えて、まあ何んたらことう吐くだ! 何ぼうはあ貧乏してても、もとあ歴として禰宜様の家柄でからに、人に後指一本差さっちゃことの・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫