・・・久しぶりに和田と顔を合せると、浅草へ行こうというじゃないか? 浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。真っ昼間六区へ出かけたんだ。――」「すると活動写真の中にでもい合せたのか?」 今度はわたし・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・けれどもまた明日になれば、必ずお嬢さんと顔を合せる。お嬢さんはその時どうするであろう? 彼を不良少年と思っていれば、一瞥を与えないのは当然である。しかし不良少年と思っていなければ、明日もまた今日のように彼のお時儀に答えるかも知れない。彼のお・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・毎朝顔を合せる度にお互の鼻の匂を嗅ぎ合う、大の仲よしの黒なのです。 白は思わず大声に「黒君! あぶない!」と叫ぼうとしました。が、その拍子に犬殺しはじろりと白へ目をやりました。「教えて見ろ! 貴様から先へ罠にかけるぞ。」――犬殺しの目に・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・ と顔を上げて目を合わせる、両人の手は左右から、思わず火鉢を圧えたのである。「私はまた私で、何です、なまじ薄髯の生えた意気地のない兄哥がついているから起って、相応にどうにか遣繰って行かれるだろう、と思うから、食物の足りぬ阿母を、世間・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ ところで、鳥博士も、猟夫も、相互の仕事が、両方とも邪魔にはなるが、幾度も顔を合わせるから、逢えば自然と口を利く。「ここのおつかい姫は、何だな、馬鹿に恥かしがり屋で居るんだな。なかなか産む処を見せないが。」「旦那、とんで・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・とつい通の人のただ口さきを合せる一応の挨拶のごときものではない。 婆さんも張合のあることと思入った形で、「折入って旦那様に聞いてやって頂きたいので、委しく申上げませんと解りません、お可煩くなりましたら、面倒だとおっしゃって下さりまし・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・母までが端近に出て来てみんなの話にばつを合わせる。省作がよく働きさえすれば母は家のものに肩身が広くいつでも愉快なのだ。慈愛の親に孝をするはわけのないものである。「今日明日とみっちり刈れば明後日は早じまいの刈り上げになる。刈り上げの祝いは・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・無理無理に強いられたとは云え、嫁に往っては僕に合わせる顔がないと思ったに違いない。思えばそれが愍然でならない。あんな温和しい民さんだもの、両親から親類中かかって強いられ、どうしてそれが拒まれよう。民さんが気の強い人ならきっと自殺をしたのだけ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・「政夫さん、民子の事については、私共一同誠に申訣がなく、あなたに合せる顔はないのです。あなたに色々御無念な処もありましょうけれど、どうぞ政夫さん、過ぎ去った事と諦めて、御勘弁を願います。あなたにお詫びをするのが何より民子の供養になるので・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・かつ天下国家の大問題で充満する頭の中には我々閑人のノンキな空談を容れる余地はなかったろうが、応酬に巧みな政客の常で誰にでも共鳴するかのように調子を合わせるから、イイ気になって知己を得たツモリで愚談を聴いてもらおうとすると、忽ち巧みに受流され・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
出典:青空文庫