・・・おきまりの会費で存分愉しむ肚の不粋な客を相手に、息のつく間もないほど弾かされ歌わされ、浪花節の三味から声色の合の手まで勤めてくたくたになっているところを、安来節を踊らされた。それでも根が陽気好きだけに大して苦にもならず身をいれて勤めていると・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・庭には梧桐を動かしてそよそよと渡る風が、ごくごく静穏な合の手を弾いている。「頭がそろそろ禿げかかってこんなになってはおれも敵わない。過般も宴会の席で頓狂な雛妓めが、あなたのお頭顱とかけてお恰好の紅絹と解きますよ、というから、その心はと聞・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・たとえば、われわれは自分の失恋を詩にすることもできると同時に、真間の手児奈やウェルテルの歌を作ることもできるのである。 探偵小説と称するごときものもやはり実験文学の一種であるが、これが他のものと少しばかりちがう点は、何かしら一つの物を隠・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 母親の繰言に合の手を打ってビシャビシャビシャビシャ冷たい雨だれの音が四辺に響いている。一太は、ビシャビシャいう雨だれも、母親の怨み言もきらいであった。雨が降れば、きっと根本まで腐りそうなその雨だれの音と、一太によく訳の分らない昔のよか・・・ 宮本百合子 「一太と母」
出典:青空文庫