・・・そうでないときは作者の一人合点に陥って一般鑑賞者の理解を得ることは困難である。 映画と夢 以上のごとく考えて来るとわれわれは自然に映画と夢との比較を暗示される。 夢の中に現われる雑多な心像は一見はなはだ突飛なもの・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・無論大した怪我ではないと合点して、車掌は見向きもせず、曲り角の大厄難、後の綱のはずれかかるのを一生懸命に引直す。車は八重に重る線路の上をガタガタと行悩んで、定めの停留場に着くと、其処に待っている一団の群集。中には大きな荷物を脊負った商人も二・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・漸くの事間一丁ほどに逼りたる時、黒きものは夜の中に織り込まれたる如く、ふっと消える。合点行かぬわれは益追う。シャロットの入口に渡したる石橋に、蹄も砕けよと乗り懸けしと思えば、馬は何物にか躓きて前足を折る。騎るわれは鬣をさかに扱いて前にのめる・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・是れが為めには娘の時より読み書き双露盤の稽古は勿論、経済法の大略を学び、法律なども一通り人の話を聞て合点する位の嗜みはなくて叶わず。遊芸和文三十一文字などの勉強を以て女子唯一の教育と思うは大なる間違いなる可し。余曾て言えることあり。男子の心・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・二二※が四といえることは智識でこそ合点すべけれど、能く人の言うことながら、清元は意気で常磐津は身があるといえることは感情ならでは解らぬことなり。智識の眼より見るときは、清元にもあれ常磐津にもあれ凡そ唱歌といえるものは皆人間の声に調子を付けし・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・と説明して聞かすと、虚子は始めて合点した顔附で「それで分ったが、さっきから馬の肛門のようだと思うて見て居たのだ」というた。○僕の国に坊主町という淋しい町があってそこに浅井先生という漢学の先生があった。その先生の処へ本読みに行く一人の・・・ 正岡子規 「画」
・・・ 「むぐらは許しておやりよ。僕もう今朝許したよ。けれどそのおいしいたべものは少しばかり持って来てごらん」と言いました。 「合点、合点。十分間だけお待ちなさい。十分間ですぜ」と言って狐はまるで風のように走って行きました。 ホモイは・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・忠一はしかつめらしく結んだ口を押しひろげるようにして、うむ、うむ、合点している。篤介がひょいと活動雑誌から頭を擡げ何心なく真向いでそうやっている二人を眺めた。彼等は篤介の存在など目にも入れないらしかった。段々照れて若者らしくペロリ、舌を出し・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ お花はこわくて物が言えないのか、黙って合点々々をした。 二人は急いで用を足してしまった。そして前に便所に這入る前に立ち留まった処へ出て来ると、お松が又立ち留まって、こう云った。「手水場の障子は破れていなかったのねえ。」「そ・・・ 森鴎外 「心中」
・・・それを見て我々はなるほどと合点が行ったのである。 また奈良の薬師寺の三尊について語ったとき、先生はいきなり、「あの像をまだ見ない人があるなら私は心からその人をうらやむ」というようなことを言い出した。そうして呆然に取られている我々に、あの・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
出典:青空文庫