・・・求馬はその頃から人知れず、吉原の廓に通い出した。相方は和泉屋の楓と云う、所謂散茶女郎の一人であった。が、彼女は勤めを離れて、心から求馬のために尽した。彼も楓のもとへ通っている内だけ、わずかに落莫とした心もちから、自由になる事が出来たのであっ・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・時に吉原はどうしたんでしょう?」「吉原はどうしましたか、――浅草にはこの頃お姫様の婬売が出ると云うことですな。」 隣りのテエブルには商人が二人、こう云う会話をつづけている。が、そんなことはどうでも好い。カフェの中央のクリスマスの木は・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・「吉原の小浜屋が、焼出されたあと、仲之町をよして、浜町で鳥料理をはじめました。それさ、お前さん、鶏卵と、玉子と同類の頃なんだよ。京千代さんの、鴾さんと、一座で、お前さんおいでなすった……」「ああ、そう……」 夢のように思出した。・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・それから、吉原へ行こうという友人の発議に、僕もむしゃくしゃ腹を癒すにはよかろうと思って、賛成し、二人はその道を北に向って車で駆けらした。 翌朝になって、僕も金がなければ、友人もわずかしか持っていない。止むを得ず、僕がいのこって、友人が当・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・(このピヤノは後に吉原の彦太楼尾張屋の主人が買取った。この彦太楼尾張屋の主人というは藐庵や文楼の系統を引いた当時の廓中第一の愚慢大人で、白無垢を着て御前と呼ばせたほどの豪奢を極め、万年青の名品を五百鉢から持っていた物数寄であった。ピヤノを買・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・また或る人たちが下司な河岸遊びをしたり、或る人が三ツ蒲団の上で新聞小説を書いて得意になって相方の女に読んで聞かせたり、また或る大家が吉原は何となく不潔なような気がするといいつつも折々それとなく誘いの謎を掛けたり、また或る有名な大家が細君にで・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・を読みながら、武田さんと一緒に明かした吉原の夜のことでも想いだしていたい。あんな時もあったのだ。 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・ 折井は荒木と違って、吉原の女を泣かせたこともあるくらいの凄い男で、耳に口を寄せて囁く時の言葉すら馴れたものだったから、安子ははじめて女になったと思った。 翌日から安子は折井と一緒に浅草を歩き廻り、黒姫団の団員にも紹介されて、悪の世・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・ 吉原は暖炉のそばでほざいていた。 飼主が――それはシベリア土着の百姓だった――徴発されて行く家畜を見て、胸をかき切らぬばかりに苦るしむ有様を、彼はしばしば目撃していた。彼は百姓に育って、牛や豚を飼った経験があった。生れたばかりの仔・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・あれは、私が東京へ出て一年くらい経った、なんでもじめじめ雨の降り続いている梅雨の頃の事と覚えていますが、柄でも無く、印刷所の若いほうの職工と二人で傘をさして吉原へ遊びに行き、いやもう、ひどいめに逢いました。そもそも吉原の女と言えば、女性の中・・・ 太宰治 「男女同権」
出典:青空文庫