・・・もうお前さんと同じ卓に坐っているのも厭だわ。わたしがこの上沓に鬱金香の繍取をさせられたのは、お前さんが鬱金香を好いているからだわ。それから。(上沓を床に擲夏になるとメラルへ行っていなくてはならないのも、お前さ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・しかしてヒヤシンスのように青いこの子の目で見やられると、母の美しい顔は、子どもと同じな心置きのない無邪気さに返って、まるで太陽の下に置かれた幼児のように見えました。「ここで私は天国の事などは歌うまい。しかしできるなら何かこの二人の役にた・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・彼等の方では同じようになついていましたが。小猫などは、折さえあると夜昼かまわずスバーの膝にとび上り心持よさそうに丸まって、彼女が柔かい指で背中や頸を撫で撫で寝かしつけて呉れるのを、何より嬉しそうにします。 スバーは、此他もう少し高等な生・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・枯野のコスモスに行き逢うと、私は、それと同じ痛苦を感じます。秋の朝顔も、コスモスと同じくらいに私を瞬時窒息させます。 秋ハ夏ト同時ニヤッテ来ル。と書いてある。 夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱にだま・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・誰だって同じ旅行が出来たら、あの男よりは有利にそれをし遂げるだろうに。 チルナウエルの旅程が遠くなればなる程、跡に残っている連中の悪口はひどくなる。もう幾月か立ったので、なんに附けても悪く言う。葉書が来ない。そりゃ高慢になった。来た。そ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ また同じ褐色の路、同じ高粱の畑、同じ夕日の光、レールには例の汽車がまた通った。今度は下り坂で、速力が非常に早い。釜のついた汽車よりも早いくらいに目まぐろしく谷を越えて駛った。最後の車輛に翻った国旗が高粱畑の絶え間絶え間に見えたり隠れた・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・そしてうやうやしく一つの包みを渡すのである。同じ紙で包んで、同じ紐で縛ってある。おれははっと思うと、がっかりしてその椅子に倒れ掛かった。ボオイが水を一ぱい持って来てくれた。 門番がこう云った。「いや、大した手数でございましたそうです。し・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・またアインシュタインは進まなかったらしいのを、すすめて自身の弁明書を書かせ、これを同じ新聞に掲げた。その短い文章は例の通りキビキビとして極めて要を得ているのは勿論であるが、その行文の間に卑怯な迫害者に対する苦々しさが滲透しているようである。・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ それから、つい近年まで、法事のあるたんびに、日が同じだからと云うんで、忰の方も一緒にお供養下すって、供物がお国の方から届きましたが、私もその日になると、百目蝋燭を買って送ったり何かしたこともござえんしたよ。 ……それで仲間の奴等時・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・もし木戸松菊がいたらば――明治の初年木戸は陛下の御前、三条、岩倉以下卿相列座の中で、面を正して陛下に向い、今後の日本は従来の日本と同じからず、すでに外国には君王を廃して共和政治を布きたる国も候、よくよく御注意遊ばさるべくと凜然として言上し、・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫