・・・市を出はずるる頃より月明らかに前途を照しくるれど、同伴者も無くてただ一人、町にて買いたる餅を食いながら行く心の中いと悲しく、銭あらば銭あらばと思いつつようよう進むに、足の疲れはいよいよ甚しく、時には犬に取り巻かれ人に誰何せられて、辛くも払暁・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・代り目と出て行く後影を見澄まし洗濯はこの間と怪しげなる薄鼠色の栗のきんとんを一ツ頬張ったるが関の山、梯子段を登り来る足音の早いに驚いてあわてて嚥み下し物平を得ざれば胃の腑の必ず鳴るをこらえるもおかしく同伴の男ははや十二分に参りて元からが不等・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・私は、みやげ物をあつめに銀座へんを歩き回って来るだけでも、額から汗の出る思いをした。暮れからずっと続けている薬を旅の鞄に納めることも忘れてはならなかった。私は同伴する人たちのことを思い、ようやく回復したばかりのような自分の健康のことも気づか・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・こういうことは作曲者かあるいは指揮者を同伴して演奏会へ行っても容易に得られない無言の解説である。カルメンの中の独唱でも、管弦楽の進行の波頭が指揮者のふりかざした両腕から落ちかかるように独奏者のクローズアップに推移して同時にその歌を呼出すとい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・当時の政客で○○○議長もしたことのあるK氏の夫人とその同伴者が波打際に坐り込んで砂浜を這上がる波頭に浴しているうちに大きな浪が来て、その引返す強い流れに引きずり落され急斜面の深みに陥って溺死した。名士の家族であっただけにそのニュースは郷里の・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・とんぼが一匹飛んで来て自分の帽子の上に止まったのを同伴の子供が注意した。こういう事はこの土地では毎日のように経験することである。 ステッキの先端を空中に向けて直立させているとそれに来てとまる。そこでステッキをその長軸のまわりに静かに回転・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・しかしそれよりもこの人に感心したのは氏が先年H子夫人と同伴で洋行したときに、パリ在住の通信員によって某紙上に報ぜられたこの夫妻の行動に関する記事を読んだときである。パリのまん中でパリジャンを「異人」と呼び、アンバリードでナポレオンの墓を見て・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・急病でも起こったらしいような口ぶりなので、まず取りあえずN教授に話をして医科のM教授を同伴してもらう事を頼んでおいて急いでS軒に駆けつけた。 ボーイがけさ部屋をいくらたたいても返事がないから合いかぎでドアを明けてはいってみると、もうすで・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・それで御同伴になるかと云うと、まだ強硬に構えています。最後に金剛石とかルビーとか何か宝石を身に着けなければ夜会へは出ませんよと断然申します。さすがの御亭主もこれには辟易致しましたが、ついに一計を案じて、朋友の細君に、こういう飾りいっさいの品・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
上 仙台の師団に居らしッた西田若子さんの御兄いさんが、今度戦地へ行らッしゃるので、新宿の停車場を御通過りなさるから、私も若子さんと御同伴に御見送に行って見ました。 寒い寒い朝、耳朶が千断れそうで、靴の裏が路上に凍着くのでした・・・ 広津柳浪 「昇降場」
出典:青空文庫