・・・お金をずいぶん欲しがっているくせに、わざとぞんざいに扱ってみせて、こんなものは紙屑同然だとおっしゃる、罰が当りますよ、どんなお札にだって菊の御紋が付いているんですよ、でもまあ、そうしてお金だけで事をすましてくれるお百姓さんはまだいいほうで、・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・ことに芸術家で己の無い芸術家は蝉の脱殻同然で、ほとんど役に立たない。自分に気の乗った作ができなくてただ人に迎えられたい一心でやる仕事には自己という精神が籠るはずがない。すべてが借り物になって魂の宿る余地がなくなるばかりです。私は芸術家という・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・実は我と物を区別してこれを手際よく安置するために空間と時間の御堂を建立したも同然である。御堂ができるや否や待ち構えていた我々は意識を攫んでは抛げ、攫んでは抛げ、あたかも粟餅屋が餅をちぎって黄ナ粉の中へ放り込むような勢で抛げつけます。この黄ナ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・即ち私が利用するも同然である。のみならず、読者に対してはどうかと云うに、これまた相済まぬ訳である……所謂羊頭を掲げて狗肉を売るに類する所業、厳しくいえば詐欺である。 之は甚い進退維谷だ。実際的と理想的との衝突だ。で、そのジレンマを頭で解・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・わたくしは畜生同然の身分でございますが、私のようなものにさえまことの力はこのようにおおきくはたらきます」「ではそのまことの力とはどんなものかおれのまえで話してみよ」「陛下よ。私は私を買って下さるお方には、おなじくつかえます。武士族の・・・ 宮沢賢治 「手紙 二」
・・・原爆を第一に経験した日本の住民が、世界の平和投票に率先しないなら、それは、われわれが生きる権利をすててしまっているも同然である。 原爆使用は禁止されなければならない。このことを世界の正義と良心に向って、しんから叫ぶことのできるのは、その・・・ 宮本百合子 「いまわれわれのしなければならないこと」
・・・「あの先の主人の政吉はんとは知っとるが、この頃では、東京の学校を卒った二番目の息子が何でもさばいて、あの人はもう隠居同然にしとるんやからなあ。ほらあの、父親のつけた名が下品やとか云うて自分で、何男とやら改名した人や。 金の事にな・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・方向のなさ、意欲のはっきりしなさ、昨今はみな御同然お互様と云わば近所づきあいの朝夕の挨拶のようなところがあるように思える。 読者の生活が生きている現実の一部として作家の作品の方法や内容と密接にかかわりあってゆく自然な在りようは、考え・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・ この現実では作家と云われる人々の私の実体も元より同然の組立てになっている。そして、現代のような時代を生きる人々の心には、自分たちの生きて来た日々、生きている刻々、生きるであろう明日について、ひっくるめてこの人生のあるありかたについて、・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・生の享楽を知らないものは死んでいるのも同然です。底まで味わおうとしないのは生に対する卑怯です。もとより享楽に走るものはいろいろな過失に陥りはしますが、ゲエテも言ったように、Wer nicht mehr liebt und nicht・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫