・・・おまけに僕等の船の船頭の一人も矢張り猟の名人だということである。しかしかゝる禽獣殺戮業の大家が三人も揃っている癖に、一羽もその日は鴨は獲れない。いや、鴨たると鵜たるを問わず品川沖におりている鳥は僕等の船を見るが早いか、忽ち一斉に飛び立ってし・・・ 芥川竜之介 「鴨猟」
・・・ 私は椅子の背に頭を靠せたまま、さも魔術の名人らしく、横柄にこう答えました。「じゃ、何でも君に一任するから、世間の手品師などには出来そうもない、不思議な術を使って見せてくれ給え。」 友人たちは皆賛成だと見えて、てんでに椅子をすり・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・彼れは裸乗りの名人だった。 自分の番が来ると彼れは鞍も置かずに自分の馬に乗って出て行った。人々はその馬を見ると敬意を払うように互にうなずき合って今年の糶では一番物だと賞め合った。仁右衛門はそういう私語を聞くといい気持ちになって、いやでも・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・いかもの食いの名人だけあって堂脇の奴すぐ乗り気になった。僕は九頭竜の主人が来て見ることになっているから、なんなら連れ立っておいでなさいといって飛び出してきた。なにしろお嬢さんがちかちか動物電気を送るんで、僕はとても長くいたたまれなかった。ど・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・笛の名人にて、夜通しに馬を追いて行く時などは、よく笛を吹きながら行きたり。ある薄月夜にあまたの仲間の者と共に浜へ越ゆる境木峠を行くとて、また笛を取出して吹きすさみつつ、大谷地と云う所の上を過ぎたり。大谷地は深き谷にて白樺の林しげく、其下は葦・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・先年或る新聞に、和田三造が椿岳の画を見て、日本にもこんな豪い名人がいるかといって感嘆したという噂が載っていた。この噂の虚実は別として、この新聞を見た若い美術家の中には椿岳という画家はどんな豪い芸術家であったろうと好奇心を焔やしたものもまた決・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・この人の、鳥の焼き画や象眼は、急に、名人の技術だとうわさされるにいたりました。 暗い、夜のことであります。この年とった男は、ランプの下で仕事をしていますと、急にじっとしていたあほう鳥が羽ばたきをして、奇妙な声をたてて、室の中をかけまわり・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
太吉じいさんは、百姓が、かさをかぶって、手に弓を持って立っている、かがしをつくる名人でした。それを見ると、からすやすずめなどが、そばへ寄りつきませんでした。 それも、そのはずで、おじいさんは若い時分から弓を射ることが上手で、どんな・・・ 小川未明 「からすとかがし」
・・・まれにはまったくその名を知らぬものもあったけれど、また中には、よくその病院の名を知っていて、「その病気にかけては、二人とない名人だという話です。」と、いうものもあったので、彼女は、いよいよ進んで、その病院へゆく気になったのであります。 ・・・ 小川未明 「世の中のこと」
・・・は天衣無縫の棋風として一世を風靡し、一時は大阪名人と自称したが、晩年は不遇であった。いや、無学文盲で将棋のほかには何にも判らず、世間づきあいも出来ず、他人の仲介がなくてはひとに会えず、住所を秘し、玄関の戸はあけたことがなく、孤独な将棋馬鹿で・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
出典:青空文庫