・・・しかし古来の名匠は天然の岩塊や樹梢からも建築の様式に関する暗示を受け取ったとすれば、子供の積み木細工もだれかに何かの参考になる場合がないとは限らない。 色彩をぬきにして浮世絵というものを一ぺんばらばらにほごしてしまうと、そこに残るものは・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・自分の知っている狭い範囲だけでも蕪村、高陽のごとき人の傑作に対する時は、そこに幾多の不細工あるいは不恰好が優れた器用と手際との中に巧みに入り乱れ織り込まれて、ちょうど力強い名匠の音楽の演奏を聞くような感じがするのである。殊に例えば金冬心や石・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・七部集の連句がおもしろいのは、それぞれ特色を異にした名手が参加している上に、一代の名匠が指揮棒をふるっているためである。蕪村七部集が艶麗豪華なようで全体としてなんとなく単調でさびしいのは、吹奏楽器の音色の変化に乏しいためと思われる。芭蕉の名・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・には普通であるのに他の国民には容易に了解ができないのもその根元は直接感覚によるのと、感覚を離れた観念によるとの差と考える事もできるので、少なくもこの点だけにおいては未開人種や子供の描く観念的な絵は泰西名匠の絵画よりもある意味で科学的であると・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・世の中に一人あって二人とないあの芸術、物理学的な機械観念から離れた真実の心音、あの心境が創作の上に移し得られるならばと思います。名匠が仏体を刻む鑿の音、其処にあって私は仕事がして見たいと思います。私はあの里見氏の芸術からその気持が享容れられ・・・ 宮本百合子 「女流作家として私は何を求むるか」
・・・連歌の名匠心敬に右のごとき言葉があることを知ったのも、老年になってからである。しかし心敬のあげた証拠だけを見ても、この時代が延喜時代に劣るとは考えられない。心敬は猿楽の世阿弥を無双不思議とほめているが、我々から見ても無双不思議である。能楽が・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫