・・・日本の古典なども、僕らが学生時代にしきりに古典復興を唱えている先生たちから習って置かなければ、今もっと読みなおしてよい気持が起るのではなかろうか。名曲など下手な演奏者の手にかかると、ひとからその名曲が与える真のよろこびを取り去ってしまうもの・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・はりアメリカの人たちの指導のおかげか、戦前、戦時中のあの野暮ったさは幾分消えて、なんと、なかなか賑やかなもので、突如として教会の鐘のごときものが鳴り出したり、琴の音が響いて来たり、また間断無く外国古典名曲のレコード、どうにもいろいろと工夫に・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・「ばか、僕の音楽通を知らんな、君は。名曲ならば、一日一ぱいでも聞いていたい。」「あの曲は、何?」「ショパン。」 でたらめ。「へえ? 私は越後獅子かと思った。」 音痴同志のトンチンカンな会話。どうも、気持が浮き立たぬの・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ずっと後に先生が留学から帰って東京に住まわれるようになってから、ある時期の間は、ずいぶん頻繁に先生のお宅へ押しかけて行って先生のピアノの伴奏で自己流の演奏、しかもファースト・ポジションばかりの名曲弾奏を試みたのであったが、これには上記のよう・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・三色写真が絵画の複製術として物足りないごとく、蓄音機は名曲のすぐれた演奏の再現器として物足りないものである。それだから蓄音機は潔癖な音楽家から軽視されあるいは嫌忌されるのもやむを得ない事かもしれない。私はそういう音楽家の潔癖を尊重するもので・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
出典:青空文庫