・・・そのための試みという名目のもとには、少からぬ寛容が示されて来た。しかし文学現象は、その寛容の谷間を、戦後経済の濁流とともにその日ぐらしに流れて、こんにちでは、そのゴモクタが文学の水脈をおおいかくし、腐敗させるところまで来ている。ちかごろあら・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・自分たちだけは、様々の軍事上の名目を発明して、数の少い軍用機で、逸早く前線から本土へ逃げて翔びかえってしまった前線の指揮官があることを、これ迄何と度々耳にしていることだろう。軍人社会での階級のきびしさは、公的目的のための制度であったはずであ・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・一握りの思慮分別の足りない頭のわるいものたちの抵抗は、一人一人の自分を説得する名目を発見しながらおとなしくファシズムのもとにひしがれることを観念しつつある知性を刺戟した。実体はファシズムや治安維持法そのものに対する嫌悪であり反撥であったのだ・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
・・・人類の理性と意志とは、様々な架空の名目、美名で人民同士が互に殺戮しあうような偽瞞の誇りや愛国心にまどわされていてはならない。戦争で底の底までの被害をうけたのは、どこの国でも、人民男女とその子供たちであった。その損害から恢復するための援助とい・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・つまり、クラブの発起人であった人々は、執筆者としての関係におかれ、クラブの実務者である櫛田ふきさんが名目上の編輯人であった。 婦人民主新聞の編輯局は、銀座裏の中部日本の一部におかれた。そしてなんとなくこれでいいのかしらと思うような出発を・・・ 宮本百合子 「その人の四年間」
・・・共同炊事や栄養食の配給ということは食べるものが清潔であるということが、いって見れば第一条件で、腐った鰯でも、卵でもそれが鰯である、卵であるという名目の上から抽象的なカロリーを計算して、そこに発生している猛毒の作用はぬいて食べさせられるとした・・・ 宮本百合子 「龍田丸の中毒事件」
・・・の中央機関への参加を拒否する同盟中心主義、あるいはさまざまな名目による運動からの脱落、敵との妥協。大衆追随主義としてあらわれた自然成長性への屈伏など。右翼的偏向は、複雑な組合わせと多様と度合とをもって現れたのであった。「戦争と革命との新・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価に寄せて」
・・・どういう名目によっても再び日本があわれな戦争の火つけ人となることを拒絶しています。たとえ世界平和の名目においてさえも、平和は平和でなければならないということを知りました。 そして、日本の女性が戦争に反対する情熱は世界の数千万の女性に共通・・・ 宮本百合子 「平和を保つため」
・・・実際こっちでは、治安妨害とか、風俗壊乱とか云う名目の下に、そんな人を羅致した実例を見たことがない。しかしこう云うことを洗立をして見た所が、確とした結果を得ることはむずかしくはあるまいか。それは人間の力の及ばぬ事ではあるまいか。若しそうだと、・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・言いかえれば、政治の実権を武士階級の手に奪われてただ名目上の主権者に過ぎなかった皇室、その皇室に対する情熱を吹き込まれた。かくて父は、ちょうど頼山陽がそうであったように、足利氏の圧迫に対してただひとり皇室を守る楠公の情熱を自分の情熱としたの・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫