・・・十五、わが家に書画骨董の類の絶無なるは、主人の吝嗇の故なり。お皿一枚に五十円、百円、否、万金をさえ投ずる人の気持は、ついに主人の不可解とするところの如し、某日、この主人は一友を訪れたり。友は中庭の美事なる薔薇数輪を手折りて、手土産に与え・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・また私は、どういうものだか、自分の衣服や、シャツや下駄に於いては極端に吝嗇である。そんなものに金銭を費す時には、文字どおりに、身を切られるような苦痛を覚えるのである。五円を懐中して下駄を買いに出掛けても、下駄屋の前を徒らに右往左往して思いが・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・私は別に自分を吝嗇だとも思っていないが、しかし、どこの酒場にも借金が溜って憂鬱な時には、いきおいただで飲ませるところへ足が向くのである。戦争が永くつづいて、日本にだんだん酒が乏しくなっても、そのひとのアパートを訪れると、必ず何か飲み物があっ・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・極端に吝嗇であるとされていた。ごはんをたべてから必ずそれをきっちり半分もどして、それでもって糊をこしらえるという噂さえあった。 三郎の嘘の花はこの黄村の吝嗇から芽生えた。八歳になるまでは一銭の小使いも与えられず、支那の君子人の言葉を暗誦・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・おどろくほど、美しい顔をしていた。吝嗇である。長兄が、ひとにだまされて、モンテエニュの使ったラケットと称する、へんてつもない古いラケットを五十円に値切って買って来て、得々としていた時など、次男は、陰でひとり、余りの痛憤に、大熱を発した。その・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・すなわちラスティニィアクは吝嗇に ゴリオは犠牲に、ヴォートランは無政府に。 食うか、くわれるか=バルザックには金、権力、称号が目的、 ∥ フランス○ドイツ の全作品の主人公のタイプ 天才のタイプ 発展小説 修・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
・・・「どうか私がただの吝嗇坊で、お金のことをやかましく云うのだと見下ないで下さいね? 私あなたがたが黙ってても心でさぞ賤しい女だと思っているだろうと思うととても辛いの。ね! ダーシェンカ、親切なダーシェンカ、あなただけは私を分ってくれるでし・・・ 宮本百合子 「街」
・・・平生人には吝嗇と言われるほどの、倹約な生活をしていて、衣類は自分が役目のために着るもののほか、寝巻しかこしらえぬくらいにしている。しかし不幸な事には、妻をいい身代の商人の家から迎えた。そこで女房は夫のもらう扶持米で暮らしを立ててゆこうとする・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・なぜだろう、なぜだろうと云ううちに、いつかあれは吝嗇なのだということに極まってしまったそうだ。僕は書生の時から知っていたが、吝嗇ではなかった。意地強く金を溜めようなどという風の男ではない。万事控目で踏み切ったことが出来ない。そこで判事試補の・・・ 森鴎外 「独身」
・・・ 婆あさんは腹の中で、相変らず吝嗇な人だと思った。この婆あさんの観察した処では、石田に二つの性質がある。一つは吝嗇である。肴は長浜の女が盤台を頭の上に載せて売りに来るのであるが、まだ小鯛を一度しか買わない。野菜が旨いというので、胡瓜や茄・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫