・・・平田はすぐその眼を外らし、思い出したように猪口を取ッて仰ぐがごとく口へつけた、酒がありしや否やは知らぬが。 吉里の眼もまず平田に注いだが、すぐ西宮を見て懐愛しそうににッこり笑ッて、「兄さん」と、裲襠を引き摺ッたまま走り寄り、身を投げかけ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・即ち薬剤にて申せば女子に限りて多量に服せしむるの意味ならんなれども、扨この一段に至りて、女子の力は果して能く此多量の教訓に堪えて瞑眩することなきを得るや否や甚だ覚束なし。既に温良恭謙柔和忍辱の教に瞑眩すれば、一切万事控目になりて人生活動の機・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ されば今、これを公にして官公の学校に用うるにあたり、書中所記の主義いかんに論なく、大いに天下の尊信を博すべきや否やの一段にいたりては、諭吉の保証すること能わざるところのものなり。倫理道徳の書にして尊信の一大要義を欠くときは、たとえこれ・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・という動詞を用いたる例ありや否や知らず。あるいは思う、「なつかし」という形容詞を転じて蕪村の創造したる動詞にはあらざるか。はたしてしかりとすれば蕪村は傍若無人の振舞いをなしたる者と謂うべし。しかれども百年後の今日に至りこの語を襲用するもの続・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・みんなおじぎをするや否やまるで風のように教室を出ました。それからがやがやその草山へ走ったのです。女の子たちもこっそりついて行きました。けれどもみんなは山にのぼるとがっかりしてしまいました。みんながやっとその栗の木の下まで行ったときはその変な・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・その文章の筆者は「婦人についてかく言い得るや否やは、問題であるけれども」とただし書を添えながら、元来友情は、お互が対等であって互に尊敬し合うことのできる矜持ということが重要な契機であるから、奴隷や暴君が真の友情をもち得ないということの強調と・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・○ 夜、寿江子、和服を着て来るや否やしめつけない帯がずるずるになったと云って、バラさんに直して貰っている。 一月○日 十日に入営する隆ちゃんより来信。点呼のとき青年団員が復唱するような勇壮な調子で入営について書いてあり、又ほ・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・私の手紙はあまりいつも長篇故これは短篇にしようと思っているのだけれど、果してうまく行くや否や? そして字も少しぱらりと書こうと思うのです。 夜の八時頃実にいい気持でお風呂につかってポーとしていたら、あっちこっちのラジオが急におぞましき音・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・予はこの文の局を結ぶに当って、今の文壇の諸家が地方新聞を読むや否やは知らぬながら、遥に諸家に寄語する。諸家は予などと違って、皆春秋に富んで居られるではないか。今より後に、諸家はどうぞ奮って、予が如き門外漢までを、大に動かすような作と評とを出・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・この男は本国姫路にいるので、こう云う席には列することが出来なかったが、訃音に接するや否や、弔慰の状をよこして、敵討にはきっと助太刀をすると誓ったのである。姫路ではこの男は家老本多意気揚に仕えている。名は山本九郎右衛門と云って当年四十五歳にな・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫