・・・すると三浦も盃を含みながら、『それ見るが好い。己がいつも云う通りじゃないか。』と、からかうように横槍を入れましたが、そのからかうような彼の言が、刹那の間私の耳に面白くない響を伝えたのは、果して私の気のせいばかりだったでしょうか。いや、この時・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・桂月香はふだんよりも一層媚を含みながら、絶えず行長に酒を勧めた。そのまた酒の中にはいつの間にか、ちゃんと眠り薬が仕こんであった。 しばらくの後、桂月香と彼女の兄とは酔い伏した行長を後にしたまま、そっとどこかへ姿を隠した。行長は翠金の帳の・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・「何に意趣を含みましたか、しかとしたことはわかりませぬ。」 治修はちょいと考えた後、念を押すように尋ね直した。「何もそちには覚えはないか?」「覚えと申すほどのことはございませぬ。しかしあるいはああ云うことを怨まれたかと思うこ・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・ 主人は微笑を含みながら、斜に翁の顔を眺めました。「神品です。元宰先生の絶賞は、たとい及ばないことがあっても、過ぎているとは言われません。実際この図に比べれば、私が今までに見た諸名本は、ことごとく下風にあるくらいです」 煙客翁は・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・ と頬に顔をかさぬれば、乳を含みつつ、愛らしい、大きな目をくるくるとやって、「鼬が、阿母さん。」「ええ、」 二人は顔を見合わせた。 あるじは、居寄って顔を覗き、ことさらに打笑い、「何、内へ鼬なんぞ出るものか。坊や、鼠・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・と傍を向いた、片頬に笑を含みながら吃驚したような色である。 秘すほどなお聞きたさに、女房はわざとすねて見せ、「可いとも、沢山そうやってお秘しな。どうせ、三ちゃんは他人だから、お浜の婿さんじゃないんだから、」 と肩を引いて、身を斜・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 看護婦は窮したる微笑を含みて、「お胸を少し切りますので、お動きあそばしちゃあ、危険でございます」「なに、わたしゃ、じっとしている。動きゃあしないから、切っておくれ」 予はそのあまりの無邪気さに、覚えず森寒を禁じ得ざりき。お・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ 渠は手も足も肉落ちて、赭黒き皮のみぞ骸骨を裹みたるたる空に覆れたる万象はことごとく愁いを含みて、海辺の砂山に著るき一点の紅は、早くも掲げられたる暴風警戒の球標なり。さればや一艘の伝馬も来らざりければ、五分間も泊らで、船は急進直江津に向・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・と、友人は少し笑いを含みながら、「その手つづきは後でしてやると親類の人達がなだめて、万歳の見送りをしたんやそうや。もう、その時から、少し気が触れとったらしい。」「気違いになったのだ、な?」「気違い云うたら、戦争しとる時は皆気違いや。・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・いつしか、日はまったく暮れてしまって、砂地の上は、しっとりと湿り気を含み、夜の空の色は、藍を流したようにこくなって、星の光がきらきらと瞬きました。港の方は、ほんのりとして、人なつかしい明るみを空の色にたたえていたけれど、盲目の弟には、それを・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
出典:青空文庫