・・・ 趙生はこう遇う人毎に、王生の話を吹聴した。最後にその話が伝わったのは、銭塘の文人瞿祐である。瞿祐はすぐにこの話から、美しい渭塘奇遇記を書いた。…… × × ×小説家 どう・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・同時に平生尊重する痩せ我慢も何も忘れたように、今も片手を突こんでいたズボンの中味を吹聴した。「実は東京へ行きたいんですが六十何銭しかない始末なんです。」 ――――――――――――――――――――――――― 保・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・僕は花田に教えられたとおり、自分の画なんかなんでもないが、昨日死んだ仲間の画は実に大したものだ、もしそれが世間に出たら、一世を驚かすだろうと、一生懸命になって吹聴したんだ。いかもの食いの名人だけあって堂脇の奴すぐ乗り気になった。僕は九頭竜の・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・苦心談、立志談は、往々にして、その反対の意味の、自己吹聴と、陰性の自讃、卑下高慢になるのに気附いたのである。談中――主なるものは、茸で、渠が番組の茸を遁げて、比羅の、蛸のとあのくたらを説いたのでも、ほぼ不断の態度が知れよう。 但し、以下・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・て、表沙汰にはなりませんが、とにかく、不取締でございますから、旦那に申訳がないとのことで大層御心配、お見舞に伺いまする出入のものに、纔ばかりだけれども纔ばかりだけれどもと念をお入れなすっちゃあ、その御吹聴で。 そういたしますとね、日頃お・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ ただくたばりそこねた者が帰って来て、その味が甘かったとか、辛かったとか云うて、えらそうに吹聴するのや、僕等は丸で耻さらしに帰って来たんも同然やないか?」「そう云やア、僕等は一言も口嘴をさしはさむ権利はない、さ」「まァ、死にそこねた・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ その頃何処かの洒落者の悪戯であろう、椿岳の潤筆料五厘以上と吹聴した。すると何処からか聞きつけて「伯父さん、絵を描いておくれ」と五厘を持って来る児供があった。コイツ面白いと、恭やしく五厘を奉書に包んで頼みに来る洒落者もあった。椿岳は喜ん・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・果せる哉、鴎外は必定私が自己吹聴のため、ことさらに他人の短と自家の長とを対比して書いたものと推断して、怫然としたものと見える。 その次の『柵草紙』を見ると、イヤ書いた、書いた、僅か数行に足らない逸話の一節に対して百行以上の大反駁を加えた・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・何の必要もないのにそういう世帯の繰廻しを誰にでも吹聴するのが沼南の一癖であった。その後沼南昵近のものに訊くと、なるほど、抵当に入ってるのはホントウだが、これを抵当に取った債権者というは岳父であったそうだ。 これも或る時、ドウいう咄の連続・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・中には随分手前味噌の講釈をしたり、己惚半分の苦辛談を吹聴したりするものもあったが、読んで見ると物になりそうなは十に一つとないから大抵は最初の二、三枚も拾読みして放たらかすのが常であった。が、その日の書生は風采態度が一と癖あり気な上に、キビキ・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
出典:青空文庫