・・・全国数十万の肺患者のうち、僅か七十名に施薬しただけのことを、鬼の首でもとったようにでかでかと吹聴するのは、大袈裟だ。 いまその施薬の総額を見積ると、見舞金が七十人分七百円、薬が二千百円、原価にすれば印紙税共四百二十円、結局合計千二百円が・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 母は大喜びに喜こびまして、家に帰えるやすぐと祖母にこのことを吹聴しましたところが祖母は笑いながら、『男は剣難の方がまだ男らしいじゃないか、この児は色が白うて弱々しいからそれで卜者から女難があると言われたのじゃ、けれども今から女難も・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・げられるし、お金も着物も無くしてしまうし、いまはもう長屋の汚い一部屋で乞食みたいな暮しをしているそうだが、じっさい、あの秋ちゃんは、大谷さんと知合った頃には、あさましいくらいのぼせて、私たちにも何かと吹聴していたものです。だいいち、ご身分が・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・が配給のお豆を一粒、土にうずめて水をかけ、それがひょいと芽を出して、おもちゃも何も持っていないマサ子にとって、それが唯一のご自慢の財産で、お隣りへ遊びに行っても、うちのお豆、うちのお豆、とはにかまずに吹聴している様子なのです。 おちぶれ・・・ 太宰治 「おさん」
・・・あの外八文字が、みんなに吹聴したのに違いありません。その夜は私も痛憤して、なかなか眠られぬくらいでしたが、でも、翌る朝になったら恥ずかしさも薄らいで、部屋を掃除しに来た外八文字に、ゆうべは失敬、と笑いながら軽く言う事が出来ました。やっぱり男・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・奥様を愛している癖に、毎日、夫婦喧嘩だと吹聴している。くるしくもないのに、つらいような身振りをしてみせる。私は、だまされた。だまってお辞儀して、立ち上り、「御病気は、いかがですか? 脚気だとか。」「僕は健康です。」 私は此の人の・・・ 太宰治 「恥」
・・・その席でペンクは、本日某無名氏よりシャックルトン氏の探険費として何万マルクとかの寄附があったと吹聴した。その無名氏なるものがカイザー・ウィルヘルム二世であることが誰にも想像されるようにペンク一流の婉曲なる修辞法を用いて一座の興味を煽り立てた・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・こっちには松山の伯父さんもいられるし、これもうんと力瘤を入れているように吹聴したでしょう」「どうもそうらしいね。ふみ江のいけないのはむろんだが、姉にもそういうところはあるね。それに姉も先方の身上を買い被っていたらしいんだ。そこは僕も姉を・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・しかしそれもあまり自家吹聴に過るような気がして僅に『かかでもの記』三、四回を草して筆を擱いた。 谷崎君は、さきに西鶴と元禄時代の文学を論じ、わたくしを以て紅葉先生と趣を同じくしている作家のように言われた。事の何たるを問わず自分の事をはっ・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・そうして学士会院の表彰に驚ろいて、急に木村氏をえらく吹聴し始めた。吹聴の程度が木村氏の偉さと比例するとしても、木村氏と他の学者とを合せて、一様に坑中に葬り去った一カ月前の無知なる公平は、全然破れてしまった訳になる。一旦木村博士を賞揚するなら・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
出典:青空文庫