・・・自分ながら呆れるほど、歯の浮くような、いやらしいお世辞なども書くのである。どうしてだろう。なぜ私は、こんなに、戦線の人に対して卑屈になるのだろう。私だって、いのちをこめて、いい芸術を残そうと努めている筈では無かったか。そのたった一つの、ささ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・屡々、自分で何をかいたのか呆れる有様。近頃の句一つ。自嘲。歯こぼれし口の寂さや三ッ日月。やっぱり四五日中にそちらに行ってみたく思うが如何? 不一。黒田重治。太宰治様。」 月日。「お問い合せの玉稿、五、六日まえ、すでに拝受いたしま・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・批評家は之を読んで嘲笑し、読者は呆れる。愚作家その襤褸の上に、更に一篇の醜作を附加し得た、というわけである。へまより出でて、へまに入るとは、まさに之の謂いである。一つとしてよいところが無い。それを知っていながら、私は編輯者の腕力を恐れるあま・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ただ、呆れるばかりである。「西太平洋といえば、日本のほうの側の太平洋でしょう。」 と私が言うと、「そうか。」と不機嫌そうに言い、しばらく考えて居られる御様子で、「しかし、それは初耳だった。アメリカが東で、日本が西というのは気持の・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・かし、或いは我が家の不幸を恥も外聞も無く発表し、以て婦人のシンパシーを買わんとする意図明々白々なるにかかわらず、評論家と云う馬鹿者がありまして、それを捧げ奉り、また自分の飯の種にしているようですから、呆れるじゃありませんか。 最後に云っ・・・ 太宰治 「小説の面白さ」
・・・まかり間違うと、鼻持ちならぬキザな虚栄の詠歎に似るおそれもあり、または、呆れるばかりに図々しい面の皮千枚張りの詭弁、または、淫祠邪教のお筆先、または、ほら吹き山師の救国政治談にさえ堕する危険無しとしない。 それらの不潔な虱と、私の胸の奥・・・ 太宰治 「父」
・・・はっきり客観の句だとすると、あまりにもあたりまえ過ぎて呆れるばかりだし、村人の呟きとすると、少し生彩も出て来るけれど、するとまた前句に附き過ぎる。このへん芭蕉も、凡兆にやられて、ちょっと厭気がさして来たのか、どうも気乗りがしないようだ。芭蕉・・・ 太宰治 「天狗」
・・・ そんならそうと正直に言えばいいのに、まあ、厚かましく国民を指導するのなんのと言って、明るく生きよだの、希望を持てだの、なんの意味も無いからまわりのお説教ばかり並べて、そうしてそれが文化だってさ。呆れるじゃないの。文化ってどんな事なの? 文・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・その講談は老人の猶衰えなかった頃徒歩して昼寄席に通い、其耳に親しく聴いたものに較べたなら、呆れるばかり拙劣な若い芸人の口述したものである。然し老人は倦まずによく之を読む。 わたくしが菊塢の庭を訪うのも亦斯くの如くである。老人が靉靆の力を・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・ このスムールイは、呆れる程ウォツカを飲むが酔っぱらったためしがなかった。水夫長も料理人も、船じゅうのものがこの男の怪力と一種変った気風に一目置いていた。夕方、スムールイが巨大な体をハッチに据えて、ゆるやかに流れ去って行くヴォルガの遠景・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫