・・・きのうもゆう方、君が来て呉れるというハガキを見てから、それをほところに入れたまま、ぶらぶら営所の近所まで散歩して見たんやけど、琵琶湖のふちを歩いとる方がどれほど愉快か知れん。あの狭い練兵場で、毎日、毎日、朝から晩まで、立てとか、すわれとか、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・最も善意に解釈して呉れる人さえが打つ飲む買うの三道楽と同列に見て、我々文学に親む青年は、『文学も好いが先ず一本立ちに飯が喰えるようになってからの道楽だ』と意見されたものだ。夫が今日では大学でも純粋文学を教授し、文部省には文芸審査委員が出来て・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ども律儀な老訓導は無口な私を聴き上手だと見たのか、なおポソポソと話を続けて、「……ここだけの話ですが、恥を申せばかくいう私も闇屋の真似事をやろうと思ったんでがして、京都の堀川で金巾……宝籤の副賞に呉れるあの金巾でがすよ、あれを一ヤール十・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 誰かおれを持って去って呉れる者があろうか? いや、此儘で死ねという事であろう。が、しかし考えてみれば、人生は面白いもの、あの犬の不幸に遭った日は俺には即ち幸福な日で、歩くも何か酔心地、また然うあるべき理由があった。ええ、憶えば辛い。憶・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ Kは斯う警戒する風もなく、笑顔を見せて迎えて呉れると、彼は初めてほっとした安心した気持になって、ぐたりと坐るのであった。それから二人の間には、大抵次ぎのような会話が交わされるのであった。「……そりゃね、今日の処は一円差上げることは・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 少年は呉れるものは欲しいのだが、貰っては悪いというように、遠慮していた。「煙草と砂糖。」松木は、窓口へさし上げた。「有がとう。」 コーリヤが、窓口から、やったものを受取って向うへ行くと、「きっと、そこに誰れか来とるんだ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・近所の者は分けて呉れることゝ心待ちに待っていたが、四五日しても挨拶がない。買って来たのは玄米らしく、精米所へ搗きに出しているのが目につく。ある一人の女が婉曲に、自分もその村へ買い出しに行こうと思うが売って呉れるだろうかとS女にたずねてみた。・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・「すまんけど、お前から戻して呉れるように話しておくれんか。」「一寸、待っちょれ!」 杜氏はまた主屋の方へ行った。ところが、今度は、なかなか帰って来なかった。障子の破れから寒い風が砂を吹きこんできた。ひどい西風だった。南の鉄格子の・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ ところで私のように長い病気で久しく仕事をしないで生きているものはそれではその逆で自然が仕事が出来るまで長命さして呉れるだろうか、あるいはながいき出来そうな気もする。これまでの仕事には、まだ自分が三分くらいしか出せていなかった気もする。・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・紹介者に連れて行って貰って、些少の束修――金員でも品物でもを献納して、そして叩頭して御願い申せば、直ちに其の日から生徒になれた訳で、例の世話焼をして呉れる先輩が宿所姓名を登門簿へ記入する、それで入学は済んだ訳なのです。銘々勝手な事を読んで行・・・ 幸田露伴 「学生時代」
出典:青空文庫