・・・と云って呉れるがいた。 だんだんは大きく、大胆になって行った。 汽車は滑かに、速に辷った。気持よく食堂車は揺れ、快く酔は廻った。 山があり、林があり、海は黄金色に波打っていた。到る処にがあった。どの生活も彼にとっては縁のないもの・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・坊やを連れて行って呉れるの。公園に行こうね。お猿さんを見に行こうね。ね、そしてお芋をやろうね」「ああ、いいとも、公園に行くんだ。そして公園でおとなしくお猿さんと遊ぼうね」「公園に行こうね、おしゃるしゃんとあそぼうね」 子供は、吉・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・村に帰ったら、皆さんへ宜敷く云って呉れるがいい。』『ああ、能う御座えますよ。』 二人はもう何も云う事がなくなった様に、互に顔を見てお居ででしたが、女の人は急に思出した様に、抱いて居た赤さんの顔を夫へお見せでして、『此子はお前さんの顔・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・おれ達はこの責任を負って死ぬからな、お前たちは決して短気なことをして呉れるな。これからあともよく軍律を守って国家のためにつくしてくれ」兵卒一同「いいえ、だめであります。だめであります。」特務曹長「いかん。貴様たちに命令する。将軍のお・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・折角死んでも、それを食べて呉れる人もなし、可哀そうに、魚はみんなシャベルで釜になげ込まれ、煮えるとすくわれて、締木にかけて圧搾される。釜に残った油の分は魚油です。今は一缶十セントです。鰯なら一缶がまあざっと七百疋分ですねえ、締木にかけた方は・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・一ドル呉れるの。」 紳士が下の浅黄色のもやの中で云いました。「うん。一ドルやる。しかしパンが一日一ドルだからな。一日十斤以上こんぶを取ったらあとは一斤十セントで買ってやろう。そのよけいの分がおまえのもうけさ。ためて置いていつでも払っ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ いつ呼んでも来て呉れる心安い、明けっぱなしで居られる友達の有難味を、離れるとしみじみと感じる。 彼の人が来れば仕事の有る時は、一人放って置いて仕事をし、暇な時は寄っかかりっこをしながら他愛もない事を云って一日位座り込んで居る。・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・ 麦粉菓子を呉れる者があった。「寒さに向って、体気をつけなんしょよ」と或る者は真綿をくれた。元村長をした人の後家のところでは一晩泊って、綿入れの着物と毛糸で編んだ頭巾とを貰った。古びた信玄袋を振って、出かけてゆく姿を、仙二は嫌悪・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・又自分達がいなくなってからも、どうぞ正しい立派な、神のお悦びになるような心で、大きく成って呉れるようにと、お願いになった事でしょう。その願いや愛が、政子さんの心の中にみな籠められている筈なのです。 樹木でさえ、親木が年寄って倒れれば、き・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・ こういう人間の大切な問題について、分りよく教えて呉れるような教課書は一冊もありません。音楽とか、絵画とか、芝居とかいう芸術を通じて、人間の生活は高貴なものであって、美しく正しく生きようとするよろこびにこそ生き甲斐があるということを教え・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
出典:青空文庫