・・・何小二が鞍の前輪へつっぷすが早いか、一声高く嘶いて、鼻づらを急に空へ向けると、忽ち敵味方のごったになった中をつきぬけて、満目の高粱畑をまっしぐらに走り出した。二三発、銃声が後から響いたように思われるが、それも彼の耳には、夢のようにしか聞えな・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・武器は金を出しさえすれば、敵にも味方にも買われるであろう。正義も理窟をつけさえすれば、敵にも味方にも買われるものである。古来「正義の敵」と云う名は砲弾のように投げかわされた。しかし修辞につりこまれなければ、どちらがほんとうの「正義の敵」だか・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・この時代には、前の時代において我々の敵であった科学はかえって我々の味方であった。そうしてこの経験は、前の二つの経験にも増して重大なる教訓を我々に与えている。それはほかではない。「いっさいの美しき理想は皆虚偽である!」 かくて我々の今後の・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・……その勢で、小春の味方をしておやり。」「ああ、すべいよ、旦那さんが言わっしゃるなら。……」「わざと……いささかだけれど御祝儀だ。」 肩を振って、拗ねたように、「要らねえよ。――私こんなもの。……旦那さん。――旅行さきで無駄・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・々が思案には、(其方の言分承知したれど、親の許のなくてはならず、母上だに引承たまわば何時にても妻とならん、去ってまず母上に請来と、かように貴娘が仰せられし、と私より申さむか、何がさて母君は疾に世に亡き御方なれば、出来ぬ相談と申すもの、とても・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・昼間はとても出ることが出来なかった、日が暮れるのを待ったんやけど、敵は始終光弾を発射して味方の挙動を探るんで、矢ッ張り出られんのは同じこと。」「鳥渡聴くが、光弾の破裂した時はどんなものだ?」「三四尺の火尾を曳いて弓形に登り、わが散兵・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・そして、レオナドその人は国籍もなく一定の住所もなく、きのうは味方、きょうは敵国のため、ただ労働神聖の主義をもって、その科学的な多能多才の応ずるところ、築城、建築、設計、発明、彫刻、絵画など――ことに絵画はかれをして後世永久の名を残さしめた物・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・二葉亭はとても革命が勃発した頃まで露都に辛抱していなかったろうと思うが、仮に当時に居合わしたとしたら、ロマーノフ朝に味方したろう乎、革命党に同感したろう乎、ドッチの肩を持ったろう? 多恨の詩人肌から亡朝の末路に薤露の悲歌を手向けたろうが、ツ・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・この俗曲論は日本の民族性の理解を基礎として立てた説であるが、一つは両親が常磐津が好きで、児供の時から聴き馴れていたのと、最一つは下層階級に味方する持前の平民的傾向から自然にこれらの平民的音曲に対する同感が深かったのであろう。 二葉亭は洋・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・今日われわれが正義の味方に立つときに、われわれ少数の人が正義のために立つときに、少くともこの夏期学校に来ている者くらいはともにその方に起ってもらいたい。それでドウゾ後世の人がわれわれについてこの人らは力もなかった、富もなかった、学問もなかっ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
出典:青空文庫