・・・――山の草、朽樹などにこそ、あるべき茸が、人の住う屋敷に、所嫌わず生出づるを忌み悩み、ここに、法力の験なる山伏に、祈祷を頼もうと、橋がかりに向って呼掛けた。これに応じて、山伏が、まず揚幕の裡にて謡ったのである。が、鷺玄庵と聞いただけでも、思・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・……思い掛けず空から呼掛けたように聞えたのである。「ちょっと燈を、……」 玉野がぶら下げた料理屋の提灯を留めさせて、さし交す枝を透かしつつ、――何事と問う玉江に、「誰だか呼んだように思うんだがねえ。」 と言う……お師匠さんが・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・小さい声だったけれど、その呼び掛けは母の胸を突き刺した。 母は、うろうろしはじめた。「改心すると言ったのだね? きっと、改心すると、そう言ったのだね?」 母は小さく折り畳んだ百円紙幣を節子に手渡した。「行っておくれ。」 ・・・ 太宰治 「花火」
・・・あちら、こちらを見渡し、むかしの商売仲間が若い芸妓などを連れて現れると、たちまち大声で呼び掛け、放すものでない。無理矢理、自分のボックスに坐らせて、ゆるゆると厭味を言い出す。これが、怺えられぬ楽しみである。家へ帰る時には、必ず、誰かに僅かな・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・地図で知れぬ時は人に聞く、人に聞いて知れぬ時は巡査を探す、巡査でゆかぬ時はまたほかの人に尋ねる、何人でも合点の行く人に出逢うまでは捕えては聞き呼び掛けては聞く。かくしてようやくわが指定の地に至るのである。「塔」を見物したのはあたかもこの・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・あなたをお呼掛け申しまする、お心安立ての詞を、とうとう紙の上に書いてしまいました。あれを書いてしまいましたので、わたくしは重荷を卸したような心持がいたします。それにあなたがわたくしの所へいらっしゃった時の事を、まるでお忘れになるはずは無いよ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫