・・・と、けたたましく新蔵を呼び止めるじゃありませんか。そこで新蔵もやむを得ず足を止めて、不承不承に相手を見返りながら、うるさそうに「何だい。」と答えると、泰さんは急ぎ足に追いついて、「君は今、車へ乗って通った人の顔を見たかい。」と、妙な事を尋ね・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・と、「青木さんよう」と、呼び止める。人並よりよほど広い額に頭痛膏をべたべたと貼り塞いでいる。昨夕の干潟の烏のようである。「昨日来なんしたげなの。わしゃちょうど馬を換えに行っとりましての」と、手を休めて、「乗りなんせい。今度のもお・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・おつたがなんべんとなく茂兵衛を呼び止めるのがいったいならくどくしつこく感ぜられるはずであるが、ここでは呼び止める一度一度に心理的の展開があって情緒の段階的な上昇があるから繰り返しがかえって生きてくるのである。これはもちろん原作のいいためもあ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・あるいはまた急に踏まれた安価にまけて、買い手を呼び止める、買い手はそろそろ逃げかけたので、『よろしい、お持ちなされ!』 かれこれするうちに辻は次第に人が散って、日中の鐘が鳴ると、遠くから来た者はみな旅宿に入ってしまった。 シュー・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫