・・・アアアア、物の命数には限りがあるものだナア。」と悵然として嘆じた。 細君はいつにない主人が余りの未練さをやや訝りながら、「あなたはまあどうなすったのです、今日に限って男らしくも無いじゃありませんか。いつぞやお鍋が伊万里の刺身皿の・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・すでに神の罰うけて、与えられたる暗たんの命数にしたがい、今さら誰を恨もう、すべては、おのれひとりの罪、この小説書きながらも、つくづくと生き、もて行くことのもの憂く、まったくもって、笹の葉の霜、いまは、せめて佳品の二、三も創りお世話になったや・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・わたくしは何物にも命数があると思っている。植物の中で最も樹齢の長いものと思われている松柏さえ時が来ればおのずと枯死して行くではないか。一国の伝統にして戦争によって終局を告げたものも、仮名づかいの変化の如きを初めとして、その例を挙げたら二、三・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・瀕死の病人の体温表をみると、脈搏の数は益々多く、高く高くと青線は下から昇りつめるのに、体温は、命数のつきるにしたがって、低く低くと衰えて来て、終に十の字に、ぶっちがえになる。医者は、これを致命的危険のシムボルとするのである。人民の貯蓄は、昨・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫