・・・彼の義務は過剰であるというイデー、カントの命題の顛倒の思想はニイチェに影響した。ツァラツストラは知恵と力にふくれて山から下り、自己を与えんために民衆への没落を義務と感じ、「汝すべし」を「われは欲す」と顛倒することを宣した。 ディルタイも・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・生活の基本には、そんな素朴な命題があって、思考も、探美も、挨拶も、みんなその上で行われているもので、こんなに毎晩毎晩、同じように、寝そべりながら虚栄の挨拶ばかり投げつけ合っているのは、ずいぶん愚かな、また盲目的に傲慢な、あさましいことではな・・・ 太宰治 「花燭」
・・・そんな素朴の命題も、ふいと思い出されて、いまは、この闇の中の一寸歩きに、ほとほと根も尽き果て、五月のはじめ、あり金さらって、旅に出た。この脱走が、間違っていたら、殺してくれ。殺されても、私は、微笑んでいるだろう。いま、ここで忍従の鎖を断ち切・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・しかし以下にいうところの命題の大部分は、適当に翻訳する事によって風景画にも応用されるだろうと思っている。 浮世絵の画面における黒色の斑点として最も重要なものは人物の頭の毛髪である。これがほとんど浮世絵人物画の焦点あるいは基調をなす・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
私に親しいある老科学者がある日私に次のようなことを語って聞かせた。「科学者になるには『あたま』がよくなくてはいけない」これは普通世人の口にする一つの命題である。これはある意味ではほんとうだと思われる。しかし、一方でまた・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・それで、一つの命題を与えさえすれば、その次に来るべき「文章」はおのずからきまってしまうのである。こういう意味で、数学というものは一種の「自働作文器械」とでも言われないことはないのである。しかし、事実は決してそれほど簡単ではない。ことに数学を・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 科学上の、一見簡単明瞭なように見える命題でもやはりほんとうの理解は存外困難である。たとえばニュートンの運動の方則というものがある。これは中学校の教科書にでも載せられていて、年のゆかない中学生はともかくもすでにこれを「理解」する事を要求・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・留めにしては言いおおせ言い過ぎになってなんの余情もなくなり高圧的命令的独断的な命題になるのであろう。「にて」はこの場合総合の過程を読者に譲ることによって俳諧の要訣を悉しているであろう。 発句は完結することが必要であるが連俳の平句は完結し・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・、この実験によって生じたいろいろの効果を正確に観察し、それを忠実に記録し、そうしてその結果を分析し帰納し、それから、もしできるなら、市民交通を支配する方則のようなものを抽出し、それから演繹される各種の命題を将来の市電経営法の改善に応用したい・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・ 七 A is B, A is not B. この二つの命題は両立しうる。なんとなればそれぞれの終わりに if C is D, if C is E. という文句が抜けているのが普通である。われわれはこの事を忘れて果てのな・・・ 寺田寅彦 「人の言葉――自分の言葉」
出典:青空文庫