・・・夕ごはんの時、父は、「岩見さんが、あんなに誠意を以て言って下さっているのだし、こちらでも失礼にならないように、私が和子を連れて行って、よく和子の気持も説明して、おわびして来なければならないと思う。手紙だけでは、誤解も生じて、お気をわるくなさ・・・ 太宰治 「千代女」
・・・そうです、本当に、私の名前は和子です。そうして教授の娘で、二十三歳です。あざやかに素破抜かれてしまいました。今月の『文学世界』の新作を拝見して、私は呆然としてしまいました。本当に、本当に、小説家というものは油断のならぬものだと思いました。ど・・・ 太宰治 「恥」
上 仙台の師団に居らしッた西田若子さんの御兄いさんが、今度戦地へ行らッしゃるので、新宿の停車場を御通過りなさるから、私も若子さんと御同伴に御見送に行って見ました。 寒い寒い朝、耳朶が千断れそうで、靴の裏が路上に凍着くのでした・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・ 編物をしながら、上の娘の佐和子が、「計算て何なの」と訊いた。彼女は結婚して親たちとは別に暮していたから、この別荘に来たのもそれが二度目であった。「いいえね、理論の上からではここの水は半馬力の発動機できっと上る筈だと云うんだ・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・という題で鶴見和子氏がパール・バックのこの作品の抄訳を出している。パール・バックに会って、芸術家としての彼女の真摯な態度にうたれたこの若い日本の淑女は、作品の訳者として或る意味ではふさわしい人であったろう。抄訳であることは残念だと思う。生活・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・ 私が貴方様を「和子」とお呼び申して居った時より尚ずんと前の事でござりまするのじゃから世の中は今とは不思議なほど変って居りましての、今よりずんとわかり易う世の中の事のすべてが出来て居りましたじゃ。 男も三つに分ければすべてがすみまし・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫