・・・しかしそれは咎めずとも好い。肉体は霊魂の家である。家の修覆さえ全ければ、主人の病もまた退き易い。現にカテキスタのフヮビアンなどはそのために十字架を拝するようになった。この女をここへ遣わされたのもあるいはそう云う神意かも知れない。「お子さ・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・しかしこれは咎めずとも好い。わたしの意外に感じたのは「偉大なる画家は名前を入れる場所をちゃんと心得ている」と言う言葉である。東洋の画家には未だ甞て落款の場所を軽視したるものはない。落款の場所に注意せよなどと言うのは陳套語である。それを特筆す・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・おれは気の毒に思うたから、女は咎めるにも及ぶまいと、使の基安に頼んでやった。が、基安は取り合いもせぬ。あの男は勿論役目のほかは、何一つ知らぬ木偶の坊じゃ。おれもあの男は咎めずとも好い。ただ罪の深いのは少将じゃ。――」 俊寛様は御腹立たし・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・胆を裂くような心咎めが突然クララを襲った。それは本統はクララが始めから考えていた事なのだ。十六の歳から神の子基督の婢女として生き通そうと誓った、その神聖な誓言を忘れた報いに地獄に落ちるのに何の不思議がある。それは覚悟しなければならぬ。それに・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・だと咎めている。私は今論者の心持だけは充分了解することができる。しかしすでに国家が今日まで我々の敵ではなかった以上、また自然主義という言葉の内容たる思想の中心がどこにあるか解らない状態にある以上、何を標準として我々はしかく軽々しく不徹底呼ば・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 気咎めに、二日ばかり、手繰り寄せらるる思いをしながら、あえて行くのを憚ったが――また不思議に北国にも日和が続いた――三日めの同じ頃、魂がふッと墓を抜けて出ると、向うの桃に影もない。…… 勿体なくも、路々拝んだ仏神の御名を忘れようと・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 女房はそれかあらぬか、内々危んだ胸へひしと、色変るまで聞咎め、「ええ、亡念の火が憑いたって、」「おっと、……」 とばかり三之助は口をおさえ、「黙ろう、黙ろう、」と傍を向いた、片頬に笑を含みながら吃驚したような色である。・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・民子が少し長居をすると、もう気が咎めて心配でならなくなった。「民さん、またお出よ、余り長く居ると人がつまらぬことを云うから」 民子も心持は同じだけれど、僕にもう行けと云われると妙にすねだす。「あレあなたは先日何と云いました。人が・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
一 隣の家から嫁の荷物が運び返されて三日目だ。省作は養子にいった家を出てのっそり戻ってきた。婚礼をしてまだ三月と十日ばかりにしかならない。省作も何となし気が咎めてか、浮かない顔をして、わが家の門をくぐった・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ やがて春風荘の一室に落ちつくと、父は、俺はあの時お前の若気の至りを咎めて勘当したが、思えば俺の方こそ若気の至りだとあとで後悔した。新聞を見たのでたまりかねて飛んできたが、見れば俺も老けたがお前ももうあまり若いといえんな、そうかもう三十・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫