・・・我々の神はこの嘆きを憐れみ、雌の河童の脳髄を取り、雄の河童を造りました。我々の神はこの二匹の河童に『食えよ、交合せよ、旺盛に生きよ』という祝福を与えました。……」 僕は長老の言葉のうちに詩人のトックを思い出しました。詩人のトックは不幸に・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・この点においては反感を買おうとも、憐れみを受けようとも、そこは僕がまだ至らないのだとして沈黙しているよりいたしかたがない。 僕の感想文に対してまっ先に抗議を与えられたのは広津和郎氏と中村星湖氏とであったと記憶する。中村氏に対しては格別答・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 壮佼はますます憤りひとしお憐れみて、「なんという木念人だろう、因業な寒鴉め、といったところで仕方もないかい。ときに爺さん、手間は取らさねえからそこいらまでいっしょに歩びねえ。股火鉢で五合とやらかそう。ナニ遠慮しなさんな、ちと相談も・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ 記者は彼を指して不幸なる男よというのみ、その他を言うに忍びず、彼もまた自己を憐れみて、ややもすれば曰く、ああ不幸なる男よと。 酒中日記とは大河自から題したるなり。題して酒中日記という既に悲惨なり、況んや実際彼の筆を採る必ず酔後に於・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・波木井殿に対面ありしかば大に悦び、今生は実長が身に及ばん程は見つぎ奉るべし、後生をば聖人助け給へと契りし事は、ただ事とも覚えず、偏に慈父悲母波木井殿の身に入りかはり、日蓮をば哀れみ給ふか。」 かくて六月十七日にいよいよ身延山に入った。彼・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 老人は純粋な憐れみを求めた。「くたばっちまえ!」 通訳の口から露西亜語がもれた。「俺れゃ生きていたい!」 老人は蹴落されると、蜥蜴の尾のように穴の中ではねまわった。 それから、再び盲目的に這い上ろうとした。また、固・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 子供達は、言葉がうまく通じないなりに、松木に憐れみを求め、こびるような顔つきと態度とを五人が五人までしてみせた。 彼等が口にする「アナタア」には、露骨にこびたアクセントがあった。「ザンパンない?」子供達は繰かえした。「……アナ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・誰れも彼に憐れみの眼光を投げて呉れる者はなかった。看護卒は、たゞ忙しそうに、忙しいのが癪に障るらしく、ふくれッ面をして無慈悲にがたがたやっていた。昨日まで同じ兵卒だったのが、急に、さながら少尉にでもなったように威張っていた。「誰れも俺等・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 彼は、自分から癪に障るくらい哀れみを乞うような声を出してきいた。「あゝ。」 栗本の腕は、傷が癒えても、肉が刳り取られたあとの窪んだ醜い禿は消す訳に行かなそうだった。「福島はどうでしょうか、軍医殿。」「帰すさ。こんな骨膜・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・これにはもちろん子を哀れみまた自分を哀れむ複雑な心理が伴なってはいるが、しかしともかくもそうした直接行動によって憤怒の緊張は緩和され、そうして自己を客観することのできるだけに余裕のある状態に移って行くのである。そうしてかわいいわが子を折檻し・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫