・・・馬と彼れは互に憐れむように見えた。 しかし翌日になると彼れはまたこの打撃から跳ね返っていた。彼れは前の通りな狂暴な彼れになっていた。彼れはプラオを売って金に代えた。雑穀屋からは、燕麦が売れた時事務所から直接に代価を支払うようにするからと・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・恐らく私が今ここで、過ぎ去ろうとする時代を嗤い憐れんでいるように、お前たちも私の古臭い心持を嗤い憐れむのかも知れない。私はお前たちの為めにそうあらんことを祈っている。お前たちは遠慮なく私を踏台にして、高い遠い所に私を乗り越えて進まなければ間・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・快心の事 呉を亡ぼすの罪を正して西施を斬る 玉梓亡国の歌は残つて玉樹空し 美人の罪は麗花と同じ 紅鵑血は灑ぐ春城の雨 白蝶魂は寒し秋塚の風 死々生々業滅し難し 心々念々恨何ぞ窮まらん 憐れむべし房総佳山水 渾て魔雲障霧の中に・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・中には小さな利己的な潔癖から、自分の家へ友達を呼んで来るのを厭うような母親もあるが、そうしたことが、子供をして将来、個人主義者たらしめたり、会社へ出ても、他と共に協力の出来ぬ、憐れむべき人間にする結果となります。 これから教育は、家庭に・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・ そして、ある者は、後から来る無邪気な子供を見て、憐れむのである。その無邪気も、光明も希望も、快活も、やがて奪い去られてしまって、疲れた人として、街頭に突き出される日の、そう遠い未来でないことを感ずることから、涙ぐむのであった。 人・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・却って、私は、お前達を憐れむというような詩です。これは人間の独裁的な支配を憎んだのですが、人間の社会に於て、貧しい者と富める者と、あることは、ある程度まで、仕方のないことゝしても、全く食うに欠け、着るに物がないとしたら、それは、自然の理法を・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・「なにしろ哀れむべきやつサ。」と巡査が言って何心なく土手を見ると、見物人がふえて学生らしいのもまじっていた。 この時赤羽行きの汽車が朝日をまともに車窓に受けて威勢よく走って来た。そして火夫も運転手も乗客も、みな身を乗り出して薦のかけ・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・然し忽ち倦で了う、則ち恋に倦でしまう、女子の恋に倦だ奴ほど始末にいけないものは決して他にあるまい、僕はこれを憎むべきものと言ったが実は寧ろ憐れむべきものである、ところが男子はそうでない、往々にして生命そのものに倦むことがある、かかる場合に恋・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・これはもとより望ましきものではないが、それは人間苦悩の哀れむべき相であって、またそれを通じて美しき人間性の発露もあり得る。日本民族独特の情死の如きは、もっと鞏固な意志と知性とが要求されるとはいえ、またそうでなければ現われることのできない人心・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・と熊本君は、ばかに得意になってしまって、私を憐れむように横目で見下げて言った。「君たちだって、ずるいんだ。だらし無いぞ。」私はビイルを、がぶがぶ飲んで、「少し優しくすると、すぐ、程度を越えていい気になるし、ちょっと強く言おうと思うと、言・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫