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・・・ けれども私は、その港町の或る旅館に一泊して、哀話、にも似た奇妙な事件に接したのである。それを、書こう。 私が津軽に疎開していた頃は、私のほうから人を訪問した事は、ほとんど無かったし、また、私を訪問して来る人もあまり無かった。それで・・・
太宰治
「母」
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・・・寝床で母からよく聞かされた阿波の鳴門の十郎兵衛の娘の哀話も忘れ難いものの一つであった。 重兵衛さんのお伽噺のレペルトワルはそう沢山にはなかったようである。北山の法経堂に現れる怪火の話とか、荒倉山の狸が三つ目入道に化けたのを武士が退治した・・・
寺田寅彦
「重兵衛さんの一家」