・・・「冗談いっちゃいけない。哲学は哲学、人生は人生さ。――所がそんな事を考えている内に、三度目になったと思い給え。その時ふと気がついて見ると、――これには僕も驚いたね。あの女が笑顔を見せていたのは、残念ながら僕にじゃない。賄征伐の大将、リヴ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ かつて河上肇氏とはじめて対面した時、氏の言葉の中に「現代において哲学とか芸術とかにかかわりを持ち、ことに自分が哲学者であるとか、芸術家であるとかいうことに誇りをさえ持っている人に対しては自分は侮蔑を感じないではいられない。彼らは現代が・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・ かの早くから我々の間に竄入している哲学的虚無主義のごときも、またこの愛国心の一歩だけ進歩したものであることはいうまでもない。それは一見かの強権を敵としているようであるけれども、そうではない。むしろ当然敵とすべき者に服従した結果なのであ・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ さらば僕はいかに観音力を念じ、いかに観音の加護を信ずるかというに、由来が執拗なる迷信に執えられた僕であれば、もとよりあるいは玄妙なる哲学的見地に立って、そこに立命の基礎を作り、またあるいは深奥なる宗教的見地に居って、そこに安心の臍を定・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・苦しむのが人生であるとは、どんな哲学宗教にもいうてはなかろう。しかも実際の人生は苦しんでるのが常であるとはいかなる訳か。 五十に近い身で、少年少女一夕の癡談を真面目に回顧している今の境遇で、これをどう考えたらば、ここに幸福の光を発見する・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・家の惣菜なら不味くても好いが、余所へ喰べに行くのは贅沢だから選択みをするのが当然であるというのが緑雨の食物哲学であった。その頃は電車のなかった時代だから、緑雨はお抱えの俥が毎次でも待ってるから宜いとしても、こっちはわざわざ高い宿俥で遠方まで・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・いくら神学を研究しても、いくら哲学書を読みても、われわれの信じた主義を真面目に実行するところの精神がありませぬあいだは、神はわれわれにとって異邦人であります。それゆえにわれわれは神がわれわれに知らしたことをそのまま実行いたさなければなりませ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ゴッホに、到底セザンヌの軽快洒脱を望むことはできないが、その表現主義的であり、哲学的である点に於て、ゴッホとムンクと相通ずるところがあるのは、同じ、北方の産であったゝめであろう。 私達は、さらに、漂浪の詩人に、郷土のなつかしまれたのを知・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・というような題の小説を書くほどの神経の逞しさを持っていながら、座談会に出席すると、この頃の学生は朝に哲学書を読み、夕に低俗なる大衆小説を読んでいるのは、日本の文化のためになげかわしいというような口を利いて、小心翼々として文化の殉教者を気取る・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・書記官と聞きたる綱雄は、浮世の波に漂わさるるこのあわれなる奴と見下し、去年哲学の業を卒えたる学士と聞きたる辰弥は、迂遠極まる空理の中に一生を葬る馬鹿者かとひそかに冷笑う。善平はさらに罪もなげに、定めてともに尊敬し合いたることと、独りほくほく・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫