・・・のままのものは勿論現在では日本特有のものであろうが、この詩形の遠い先祖となるべきものが必ず何処かにあったであろうと想像し、その同じ先祖から出た他の家族が何処かにありはしなかったかと想像するのはそれほど唐突な空想とは思われない。『古事記』・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・庭の平坦な部分のまん中にそれが旗ざおのように立っているのがどうも少し唐突なように思われたが、しかし植物をまるで動物と同じように思って愛護した父は、それを切ることはもちろん移植しようともしなかったのであった。しかし父の死後に家族全部が東京へ引・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・ 少し唐突ではあるが地球上における蚯蚓の分布を調べた学者の研究の結果によると、ある種の蚯蚓は、東は日本から海を越えて大陸に、欧亜大陸を横断して西はスペインの果てまで広がり、さらに驚くべき事には大西洋を渡って北米合衆国の東部にまでも分布さ・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・何かしら、そこには或る異常な、唐突な、全体の調和を破るような印象が感じられた。 瞬間。万象が急に静止し、底の知れない沈黙が横たわった。何事かわからなかった。だが次の瞬間には、何人にも想像されない、世にも奇怪な、恐ろしい異変事が現象した。・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・だから、いきなり新宿のカフェーであばずれかかった女給としておふみが現れたとき、観客は少し唐突に感じるし、どこかそのような呈出に平俗さを感じる。このことは、例えば、待合で食い逃げをした客にのこされたとき、おふみが「よかったねえ!」と艶歌師の芳・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・ 場面は病院のような処となり、学校の二階のようなところと成ったり、夢特有の唐突さで変るが、どうかして自分はひどくその気の狂った人に深い愛を覚えて居る。先方もそうであるらしい。ところが、二人で二階へ昇る廊下口のような処に居ると、其処へ、一・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・わたしたち一人一人のうちに、日本の全精神現象のうちに、民主の精神は、唐突なその目覚まされかたと同時に感じていた混乱、疑惑を、今日まだ十分に整理できずにいると思える。しかも、おくれた日本の覚醒をめぐる情勢の流れは迅くて、内部にちぐはぐなものを・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・しさ、不仕合わせを、そうでないものにかえてゆくファアデットの女らしく而も健気で人生的な気力とそれを語る作者の情熱の味いを知っている人々にとって、正直なところ島木氏の不満とその不満における自信は、一つの唐突さと滑稽とを感じさせるものではなかろ・・・ 宮本百合子 「生産文学の問題」
・・・フランス全国の同業者等は、この唐突に現れた資本も少ない若年の一出版業者が、疑なく時流に投じるであろう出版計画をもっていることを見極めると、共通な悪計によって結束した。一万フランの資本をかけて出版した本の売上げが、一年にやっと二十部という目に・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
某儀今年今月今日切腹して相果候事いかにも唐突の至にて、弥五右衛門奴老耄したるか、乱心したるかと申候者も可有之候えども、決して左様の事には無之候。某致仕候てより以来、当国船岡山の西麓に形ばかりなる草庵を営み罷在候えども、先主・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫