・・・ 第一、莨盆の蒔絵などが、黒地に金の唐草を這わせていると、その細い蔓や葉がどうも気になって仕方がない。そのほか象牙の箸とか、青銅の火箸とか云う先の尖った物を見ても、やはり不安になって来る。しまいには、畳の縁の交叉した角や、天井の四隅まで・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ ここに、小さな唐草蒔絵の車があった。おなじ蒔絵の台を離して、轅をそのままに、後から押すと、少し軋んで毛氈の上を辷る。それが咲乱れた桜の枝を伝うようで、また、紅の霞の浪を漕ぐような。……そして、少しその軋む音は、幽に、キリリ、と一種の微・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・鋲の輪の内側は四寸ばかりの円を画して匠人の巧を尽したる唐草が彫り付けてある。模様があまり細か過ぎるので一寸見ると只不規則の漣れんいが、肌に答えぬ程の微風に、数え難き皺を寄する如くである。花か蔦か或は葉か、所々が劇しく光線を反射して余所よりも・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・地は納戸色、模様は薄き黄で、裸体の女神の像と、像の周囲に一面に染め抜いた唐草である。石壁の横には、大きな寝台が横わる。厚樫の心も透れと深く刻みつけたる葡萄と、葡萄の蔓と葡萄の葉が手足の触るる場所だけ光りを射返す。この寝台の端に二人の小児が見・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・こす嬉しさよ手に草履鮎くれてよらで過ぎ行く夜半の門夕風や水青鷺の脛を打つ点滴に打たれてこもる蝸牛蚊の声す忍冬の花散るたびに青梅に眉あつめたる美人かな牡丹散て打ち重りぬ二三片唐草に牡丹めでたき蒲団かな引きかふて・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ところがそれはいちめん黒い唐草のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込まれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。「おや、こい・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 外国の住宅区域というところを歩くと、たとえ塀はどんなに高くていかめしくても、そこに何か風流な工夫がほどこされてあって、思いがけぬ透格子や鉄の唐草の間から、庭のたたずまいが見えたりして、一つの街の風景をもなしている。 その界隈にこの・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・古風な唐草模様のピアノの譜面台らしいものに長方形の鏡をはめこんだもので、今だにそれを箪笥の上に立てかけて使っている。この鏡と手鏡だけが、私の朝夕の顔、泣いた顔、うれしそうにしている時の顔を映すものなのだが、考えてみれば姿見だの鏡台だのという・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・ ああ、あの高貴そうな金唐草の頸長瓶に湛えられている、とろりとした金色の液を見よ。揺れると音が立ち、日が直射すると虹さえ浮き立ちそうな色だ。 彼方の清らかな棚におさまっている瀟洒な平瓶。薄みどりの優雅な花汁。 東洋趣味と鋭い西洋・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・赤や緑の唐草模様だ。モスクワ劇場広場の大花壇のように星形でも、鎌と鎚とでもない。 ピーター大帝は曲馬場横の妙な細長い広場で永遠にはね上る馬を御しつづけ、十二月二十五日通りの野菜食堂では、アルミニュームの食器の代りに、白い金ぶちの瀬戸・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫