・・・と」と称える僧衣らしい。そう云えば「こんたつ」と称える念珠も手頸を一巻き巻いた後、かすかに青珠を垂らしている。 堂内は勿論ひっそりしている。神父はいつまでも身動きをしない。 そこへ日本人の女が一人、静かに堂内へはいって来た。紋を染め・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・さあ、もう呪文なぞを唱えるのはおやめなさい。」 オルガンティノはやむを得ず、不愉快そうに腕組をしたまま、老人と一しょに歩き出した。「あなたは天主教を弘めに来ていますね、――」 老人は静かに話し出した。「それも悪い事ではないか・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・そうかと云って、あの婆は、呪文を唱える暇もぬかりなく、じっとこちらの顔色を窺いすましているのですから、隙を狙って鏡から眼を離すと云う訣にも行きません。その内に鏡はお敏の視線を吸いよせるように、益々怪しげな光を放って、一寸ずつ、一分ずつ、宿命・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・新浪漫主義を唱える人と主観の苦悶を説く自然主義者との心境にどれだけの扞格があるだろうか。淫売屋から出てくる自然主義者の顔と女郎屋から出てくる芸術至上主義者の顔とその表れている醜悪の表情に何らかの高下があるだろうか。すこし例は違うが、小説「放・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・本人も語らず、またかかる善根功徳、人が咎めるどころの沙汰ではない、もとより起居に念仏を唱える者さえある、船で題目を念ずるに仔細は無かろう。 されば今宵も例に依って、船の舳を乗返した。 腰を捻って、艪柄を取って、一ツおすと、岸を放れ、・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 人の事は云われないが、連の男も、身体つきから様子、言語、肩の瘠せた処、色沢の悪いのなど、第一、屋財、家財、身上ありたけを詰込んだ、と自ら称える古革鞄の、象を胴切りにしたような格外の大さで、しかもぼやけた工合が、どう見ても神経衰弱という・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・蕎麦は二銭さがっても、このせち辛さは、明日の糧を思って、真面目にお念仏でも唱えるなら格別、「蛸とくあのく鱈。」などと愚にもつかない駄洒落を弄ぶ、と、こごとが出そうであるが、本篇に必要で、酢にするように切離せないのだから、しばらく御海容を願い・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ と折から唸るように老人が唱えると、婆娘は押冠せて、「南無阿弥陀仏。」と生若い声を出す。「さて、どうも、お珍しいとも、何んとも早や。」と、平吉は坐りも遣らず、中腰でそわそわ。「お忙しいかね。」と織次は構わず、更紗の座蒲団を引・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・おなじ発心をしたにしても、これが鰌だと引導を渡す処だが、これじゃ、お念仏を唱えるばかりだ。――ああ、お町ちゃん。」 わざとした歎息を、陽気に、ふッと吹いて、「……そういえば、一昨日の晩……途中で泊った、鹿落の温泉でね。」「ええ。・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・……また合成銀と称えるのを、大阪で発明して銀煙草を並べて売る。「諸君、二円五十銭じゃ言うたんじゃ、可えか、諸君、熊手屋が。露店の売品の値価にしては、いささか高値じゃ思わるるじゃろうが、西洋の話じゃ、で、分るじゃろう。二円五十銭、可えか、・・・ 泉鏡花 「露肆」
出典:青空文庫