・・・現に商業会議所会頭某男爵のごときは大体上のような意見と共に、蟹の猿を殺したのも多少は流行の危険思想にかぶれたのであろうと論断した。そのせいか蟹の仇打ち以来、某男爵は壮士のほかにも、ブルドッグを十頭飼ったそうである。 かつまた蟹の仇打ちは・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・何でも六月の上旬ある日、新蔵はあの界隈に呉服屋を出している、商業学校時代の友だちを引張り出して、一しょに与兵衛鮨へ行ったのだそうですが、そこで一杯やっている内に、その心配な筋と云うのを問わず語りに話して聞かせると、その友だちの泰さんと云うの・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・世界貿易の中心点が太平洋に移ってきて、かつて戈を交えた日露両国の商業的関係が、日本海を斜めに小樽対ウラジオの一線上に集注し来らむとする時、予がはからずもこの小樽の人となって日本一の悪道路を駆け廻る身となったのは、予にとって何という理由なしに・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・― と、うしろから、拳固で、前の円い頭をコツンと敲く真似して、宗吉を流眄で、ニヤリとして続いたのは、頭毛の真中に皿に似た禿のある、色の黒い、目の窪んだ、口の大な男で、近頃まで政治家だったが、飜って商業に志した、ために紋着を脱いで、綿銘仙・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・が、天下の大富豪と仰がれるようになったのは全く椿岳の兄の八兵衛の奮闘努力に由るので、幕末における伊藤八兵衛の事業は江戸の商人の掉尾の大飛躍であると共に、明治の商業史の第一頁を作っておる。 椿岳の米三郎が淡島屋の養子となったは兄伊藤八兵衛・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・同じく、文化を名目とはするものゝ、珍らしい、特志の出版家でもないかぎり、出版は、資本主義機構上の企業であり、商業であり、商品であり、また今日の如く、大衆を顧客とするには、著者の趣味如何にかゝわらず、粗製濫造も仕方のないことになるのです。・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・ライオンハミガキの広告灯が赤になり青になり黄に変って点滅するあの南の夜空は、私の胸を悩ましく揺ぶり、私はえらくなって文子と結婚しなければならぬと、中等商業の講義録をひもとくのだったが、私の想いはすぐ講義録を遠くはなれて、どこかで聞えている大・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・その時中京商業の大宮校長と知り合った、大宮校長は検事の訊問に答えて次のように陳述している。「……私が最初にあの女に会うたのは昨年の四月の末、覚王山の葉桜を見に行き、『寿』という料亭に上った時です。あの女はあそこの女中だったのです。その時・・・ 織田作之助 「世相」
・・・身を切られる想いに後悔もされたが、しかし、もうチップを置かぬような野暮な客ではなかった。商業学校へ四年までいったと、うなずける固ぐるしい物の言い方だったが、しかし、だんだんに阿呆のようにさばけて、たちまち瞳をナンバーワンにしてやった。そして・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・財の私的所有ならびに商業は倫理的に正しきものなりや? マルクスが問うてみせるまで、常人はそれほどにも自分らの禍福の根因であるこの問いを問うことができなかった。 天才の書によってわれわれは自分の力では開き得ない宇宙と人間性との奥深き扉をの・・・ 倉田百三 「学生と読書」
出典:青空文庫