・・・二人の問答は次のようであった。「五円と言って来たのだよ」「でも只今これだけしか無いのですから……」「だって先刻用意してあると言ったじゃないか」「ですから三円だけ漸々作らえましたから……」「そうお。漸々作らえておくれだった・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・と促急込んで独問答をしていたが「魯鈍だ、魯鈍だ、大魯鈍だ」と思わず又叫んで「フン何が知れるもんか」と添足した。そして布団から首を出して見ると日が暮れて入口の障子戸に月が射している。けれども起きて洋燈を点けようとも仕ないで、直ぐ首を引込て・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・「道善御房は師匠にておはしまししかども、法華経の故に地頭を恐れ給ひて、心中には不便とおぼしつらめども、外はかたきのやうににくみ給ひぬ――本尊問答抄」 清澄山を追われた日蓮は、まず報恩の初めと、父母を法華経に帰せしめて、父を妙・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ そこで互に親み合ってはいても互に意の方向の異っている二人の間に、たちまち一条の問答が始まった。「どこへでも出て辛棒をするって、それじゃあやっぱり甲府へ出ようって云うんじゃあないか。」とお浪は云い切って、しばし黙って源三の顔を見・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・その二人の人が問答を始めた。一人が何か独言を言えば、今一人がそれに相槌を打った。「熊吉はどうした。熊吉は居ないか」「居る」「いや、居ない」「いや、居る」「あいつも化物かも知れんぞ」「化物とは言ってくれた」「姉の気・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・「貧窮問答」だったら、いまの私の日常にも、かなりぴったり致します。こんなのを民族的自覚というのでしょうか。 書いているうちに、何もかも、みんな、くだらなくなりました。これで失礼いたします。けさは朝から不愉快でした。少し落ち附いて考えてみ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ わけのわからぬ問答に問答をかさねて、そのうちに、久保田氏は、精神とかジャンルとか現象とかのこむずかしい言葉を言い出し、若い作家の読書力減退についてのお説教がはじまり、これは、まさしく久保田万太郎なのかもしれないなどと思ったら酔いも一時・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ まさか、こんなばかげた問答は起るまいが、けれどもこの場合の柿にしろ、窓にしろ、これこれだからこうだ、という、いわば二段論法的な、こじつけではないわけだ。皮肉や諷刺じゃないわけだ。そんないやらしい隠れた意味など、寸毫もないわけだ。柿は、・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
・・・しかしN君が一言二言問答したら、それでよかったと見えてそのまま階段を上がって行った。そしてある室の入口に控えていた同じような制服の役人に傍聴券を差し出して、それでもういいのかと思っていると、まだ必要な手続が完了していなかったと見えてそこへは・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・いろいろ問答をしてそこに出陳されている切り花を点検した結果、たぶんそれはローヤル・スカーレットと称する品種であるらしいというくらいのところまではやっとこぎつけることができた。 こんな些細な知識を求めるのでも容易なことではない。いやむしろ・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
出典:青空文庫