・・・ 新聞は、社会の耳目を以て任じ、また、社会の人々は、そうした人達を幾分なりと救うことも善事と心得ているからです。まことにそうあることは、善いことであるに相違ない。 しかし、私は、こうした家庭があまりに都会から遠い辺土であったなら、も・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・真に社会に善事を成さんとする志有る者は軽忽に実行運動に加わる前に、しばらく意志を抑制して、倫理学を研究する必要があるのである。何が社会的に善事であるかを知らずして実行することは出来ず、行為の主体が自己である以上は自己と社会との関係を究めない・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・人間には皆、善事を行おうとする本能がある。」「電話を切ってもいいんでしょう? 他にもう用なんか無いんでしょう? さっきから、おしっこが出たくて、足踏みしているのよ。」「ちょっと待って下さい、ちょっと。一日、三千円でどうです。」 ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ どんな善事もする! どんなことにも背かぬ。 渠はおいおい声を挙げて泣き出した。 胸が間断なしに込み上げてくる。涙は小児でもあるように頬を流れる。自分の体がこの世の中になくなるということが痛切に悲しいのだ。かれの胸にはこれまで幾度も・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・聞くところによれば現代の小学生は小遣銭を運動費となして、級長選挙の事に狂奔することを善事となしているというではないか。 市中行賈の中、恰も雁の去る時燕の来るが如く、節序に従って去来するものは、今の世に在っても往々にして人の詩興を動かす。・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・一方から云うと、彼が得々として善事をしたと思って居られるのが堪らない憎さ。 私達の心持も複雑に且つ恐ろしい関係にあると思う。 私は、有島氏の死が、どうか自分の浮々した、弱さに満ちた魂を守り力づけて、どんどん芸術家としての道に進ま・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・そして、「ツルゲーネフが善事に向って進むという、その善良なるものを絶対に信じなかったのだ」と。ツルゲーネフがガルシンに云った冷静という言葉の内容、トルストイが信じなかった善事というものの内容は、トルストイの側から見れば、大体以上のような性質・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
出典:青空文庫