・・・ 僕はまた何物かと思って吃驚しちゃったよ。それにしてもよく僕だってことがわかったね」 彼は相手の顔を見あげるようにして、ほっとした気持になって云った。「そりゃ君、警察眼じゃないか。警察眼の威力というのは、そりゃ君恐ろしいものさ」・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・すると母は僕の剣幕の余り鋭いので喫驚して僕の顔を見て居るばかり、一言も発しません。『サア理由を聞きましょう。怨霊が私に乗移って居るから気味が悪いというのでしょう。それは気味が悪いでしょうよ。私は怨霊の児ですもの。』と言い放ちました、見る・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・「言いましょう、喫驚しちゃアいけませんぞ」「早く早く!」 岡本は静に「喫驚したいというのが僕の願なんです」「何だ! 馬鹿々々しい!」「何のこった!」「落語か!」 人々は投げだすように言ったが、近藤のみは黙言て・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・二人は、無茶苦茶に射ったのであるが、その間、彼等は、殆ど無意識で、あとから、自分等のやったことに気づいて吃驚したということだ。 兵卒は、誰れの手先に使われているか、何故こんな馬鹿馬鹿しいことをしなければならないか、そんなことは、思い出す・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・と、不意に吃驚して、「健よ、はい来い!」と声を顫わせて云った。 健吉は、稲束を投げ棄てゝ急いで行って見ると、番をしていた藤二は、独楽の緒を片手に握ったまま、暗い牛屋の中に倒れている。頸がねじれて、頭が血に染っている。 赤牛は、じ・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・と唄い終ったが、末の摘んで取ろの一句だけにはこちらの少年も声を合わせて弥次馬と出掛けたので、歌の主は吃驚してこちらを透かして視たらしく、やがて笑いを帯びた大きな声で、「源三さんだよ、憎らしい。」と誰に云ったのだか分らない・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・妹は吃驚した。何べんもゆすったが、母親はそのまゝにしていた。「お母ッちや、お母ッちゃてば!」 汽車に乗って遥々と出てきたのだが、然し母親が考えていたよりも以上に、監獄のコンクリートの塀が厚くて、高かった。それは母親の気をテン倒させる・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・「私が面白い風俗をして張物をしていたもんですから、吃驚したような顔してましたよ……」「そんなに皆な田舎者に成っちゃったかナア」 と高瀬も笑って、周囲を見廻した。煤けた壁のところには、歳暮の景物に町の商家で出す暦附の板絵が去年のや・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・と、喫驚、叫ばせてやることが出来ますように、と祈るのでした。 ああ、考えても御覧なさい。若しスバーが水のニムフであったなら、彼女は、蛇の冠についている宝玉を持って埠頭へと、静かに川から現れたでしょうに、そうなると、プラタプは詰らない・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ふと気が付いて見るといつの間に這入って来たか枕元に端然とこの岡村先生が坐っていたので、吃驚してしまって、そうして今の独語を聞かれたのではないかと思って、ひどく恥ずかしい思いをした。しかし何を言っていたかは今少しも覚えていない。ただ恥ずかしか・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
出典:青空文庫