・・・この骸骨が軍服を着けて、紐釦ばかりを光らせている所を見たら、覚えず胴震が出て心中で嘆息を漏した、「嗚呼戦争とは――これだ、これが即ち其姿だ」と。 相変らずの油照、手も顔も既うひりひりする。残少なの水も一滴残さず飲干して了った。渇いて渇い・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・、子供の時など思い起しては恋しくもあり、突然寄附金の事を思いだしては心配で堪らず、運動場に敷く小砂利のことまで考えだし、頭はぐらぐらして気は遠くなり、それでいて神経は何処に焦焦した気味がある…… 嗚呼! 何故あの時自分は酒を呑なかったろ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・それで二度までも雁坂越をしようとした事はあったのであるが、今日まで噫にも出さずにいたのであった。 ただよく愛するものは、ただよく解するものである。源三が懐いているこういう秘密を誰から聞いて知ろうようも無いのであるが、お浪は偶然にも云い中・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
一 私は死刑に処せらるべく、今東京監獄の一室に拘禁せられて居る。 嗚呼死刑! 世に在る人々に取っては、是れ程忌わしく恐ろしい言葉はあるまい、いくら新聞では見、物の本では読んで居ても、まさかに自分が此忌わ・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・しばらくして君は、竹の皮に包まれたお弁当を二つかかえて現れ、「残念です。嗚呼、残念だ。時間が無いんですよ、もう。」「何時間も無いのか? もう、すぐか?」と僕は、君の所謂落着きの無いところを発揮した。「十一時三十分まで。それまでに・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・よっぽど、いい家庭のお嬢さんよりも、その、鮎の娘さんのほうが、はるかにいいのだ、本当の令嬢だ、とも思うのだけれども、嗚呼、やはり私は俗人なのかも知れぬ、そのような境遇の娘さんと、私の友人が結婚するというならば、私は、頑固に反対するのである。・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・ふっと呪文が、とぎれた、と同時に釜の中の沸騰の音も、ぴたりと止みましたので、王子は涙を流しながら少し頭を挙げて、不審そうに祭壇を見た時、嗚呼、「ラプンツェル、出ておいで。」という老婆の勝ち誇ったような澄んだ呼び声に応えて、やがて現われた、ラ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・枯枝を拾いて砂に嗚呼忠臣など落書すれば行き来の人吾等を見る。半時間ほども両人無言にて美人も通りそうにもなし。ようよう立上がりて下流へ行く。河とは名ばかりの黄色き砂に水の気なくて、照りつく日のきらめく暑そうなり。川口に当りて海面鏡のごとく帆船・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・星明かなる夜最後の一ぷくをのみ終りたる後、彼が空を仰いで「嗚呼余が最後に汝を見るの時は瞬刻の後ならん。全能の神が造れる無辺大の劇場、眼に入る無限、手に触るる無限、これもまた我が眉目を掠めて去らん。しかして余はついにそを見るを得ざらん。わが力・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・故に余敢ていつはらずして此事を記しぬ。嗚呼。神如何なれば人の子を試み給ふや。如何なれば血熱し易き余を捕へ給ひて苦き盃を与へ給ひしや。如何なれば常に御前に跪き祈りし夫れを顧み給はざるや。余の祭壇には多くの捧物なせる中に最大の一なりし余が la・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
出典:青空文庫