――こんな小説も、私は読みたい。 A 美濃十郎は、伯爵美濃英樹の嗣子である。二十八歳である。 一夜、美濃が酔いしれて帰宅したところ、家の中は、ざわめいている。さして気にもとめ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・無にかかわらず外面の美風だけはこれを維持してなお未だ破壊に至らずといえども、不幸なるは我が日本国の旧習俗にして、事の起源は今日、得て詳らかにするに由なしといえども、古来家の血統を重んずるの国風にして、嗣子なく家名の断絶する法律さえ行われたる・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 彼女にとっては継子である嗣子夫妻との間に理解を欠き、亡夫の一周年でも過ぎたら、どうにかして、彼等は全く絶縁した生活を講じなければならない状態に成って来たのです。 夕方、山を眺めて涼みながら、私共は随分種々のことを話し合いました。・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
・・・これは摂津国屋の嗣子で、小字を子之助と云った。文政五年は午であるので、俗習に循って、それから七つ目の子を以てわたくしの如きものが敢て文を作れば、その選ぶ所の対象の何たるを問わず、また努て論評に渉ることを避くるに拘らず、僭越は免れざる所である・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫