・・・ 年とった支那人は歎息した。何だか急に口髭さえ一層だらりと下ったようである。「これは君の責任だ。早速上申書を出さなければならん。生憎乗客は残っていまいね?」「ええ、一時間ばかり前に立ってしまいました。もっとも馬ならば一匹いますが・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・何小二はもう一度歎息して、それから急に唇をふるわせて、最後にだんだん眼をつぶって行った。 下 日清両国の間の和が媾ぜられてから、一年ばかりたった、ある早春の午前である。北京にある日本公使館内の一室では、公使館附・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ おとめはもとよりこの武士がわかいけれども勇気があって強くってたびたびの戦いで功名てがらをしたのをしたってどうかその奥さんになりたいと思っていたのですから、涙をはらはらと流しながら嘆息をして、なんのことばの出しようもありません。しまいに・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ 聞く方が歎息して、「だってねえ、よくそれで無事でしたね。」 顔見られたのが不思議なほどの、懐かしそうな言であった。「まさか、蚊に喰殺されたという話もない。そんな事より、恐るべきは兵糧でしたな。」「そうだってねえ。今じゃ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・……大歎息とともに尻を曳いたなごりの笑が、更に、がらがらがらと雷の鳴返すごとく少年の耳を打つ!……「お煎をめしあがれな。」 目の下の崕が切立てだったら、宗吉は、お千さんのその声とともに、倒に落ちてその場で五体を微塵にしたろう。 ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ここで雨さえやむなら、心配は無いがなアと、思わず嘆息せざるを得なかった。 水の溜ってる面積は五、六町内に跨がってるほど広いのに、排水の落口というのは僅かに三か所、それが又、皆落口が小さくて、溝は七まがりと迂曲している。水の落ちるのは、干・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・予は思わず歎息が出た。 岡村もおかしいじゃないか、訪問するからと云うてやった時彼は懇に返事をよこして、楽しんで待ってる。君の好きな古器物でも席に飾って待つべしとまで云うてよこしながら、親父さんだって去年はあんなに親切らしく云いながら、百・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・とて、ただ筆硯に不自由するばかりでなく、書画を見ても見えず、僅かに昼夜を弁ずるのみなれば詮方なくて机を退け筆を投げ捨てて嘆息の余りに「ながらふるかひこそなけれ見えずなりし書巻川に猶わたる世は」と詠じたという一節がある。何という凄惻の悲史であ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・と、見えなくなった顛末を語って吻と嘆息を吐いた。「まるきり踪跡が解らんのかい?」と重ねて訊くと、それ以来毎日役所から帰ると処々方々を捜しに歩くが皆目解らない、「多分最う殺されてしまったろう」と悄れ返っていた。「昨日は酒屋の御用が来て、こちら・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・と、からすは歎息いたしました。「なんのいけないことがあるもんですか、あなたの心がけですよ。幾日も、幾日も、南をさしてゆけば、しぜんにいかれますよ。」と、かもめはいいました。「たとえ、そこへいっても、どうして食べていけるかわかりません・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
出典:青空文庫