・・・ 器量のよくないので美しい腕の持ち主もある一方ではまた美しい顔とむしろ醜い腕との結合もあるようである。神の制作したものには浅はかな人間の概念的な一般化を許さないものがあるのである。 食堂やあるいは電車の中などで、隣席の人のもっている・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・後年アインシュタインに対する反ユダヤ人運動でひどく器量を悪くしたゲールケはやはり一座の中でいちばん世間人らしいところがあった。若くて禿頭の大坊主で、いつも大きな葉巻を銜えて呑気そうに反りかえって黙っていたのはプリングスハイムであった。イグナ・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・「和田さんの家は器量統で、その人も美しかったという話や。お士から町家へお嫁づきなすった」 とかく道太と、そして道太と同じ腹から生まれた姉妹とは、その系統はずれであった。「しかしいくつです」「もう七十四です。このお婆さんより二・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・が駕籠の時代ならそうまで器量を下げずにすんだかも知れない。交通の不便な昔は、山の中に仙人がいると思っておったくらいだから、江戸には漱石といって仙人ではないが、まあ仙人に近い人間がいるそうだぐらいの評判で持ち切って下されば私もはなはだ満足の至・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ただ年が年中足を擂木にして、火事見舞に行くんでも、葬式の供に立つんでも同じ心得で、てくてくやっているのは、本人の勝手だと云えば云うようなものの、あまり器量のない話であります。デフォーははなはだ達筆で生涯に三百何部と云う書物をかきました。まあ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
一 インガ・リーゼルは三十歳である。 彼女は知識階級出の党員で、今は裁縫工場の管理者として働いている。大柄な器量よしで、彼女の眼や唇は彼女の精力的な熱情を反映する美しい焔のように見える。 ・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ロンドンのいりくんだ下街のゴチャゴチャを、外国人のレーニンがああいう風に精密に我ものにしたところに、そして、また地図を書いてやるその書きかたに彼の指導者としての器量をつよく感じた。 その地図の注意深い、はっきりした黒い線が、このスモーリ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・おかっぱで、元禄の被布を着て、うめは器量の悪い娘ではなかったが、誰からも本当に可愛がられることのない娘であった。蒼白い顔色や、変にませた言葉づかいが、育たないうちにしなびた大人のような印象を与えた。年寄りの祖母に、遊び仲間もなく育てられてい・・・ 宮本百合子 「街」
・・・それに器量よしという評判の子で、若者どもの間では「岡の小町」と呼んでいるそうである。どうも仲平とは不吊合いなように思われる。姉娘の豊なら、もう二十で、遅く取るよめとしては、年齢の懸隔もはなはだしいというほどではない。豊の器量は十人並みである・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・あの赤坊は奇麗かは知りませんが、アノ従四位様のお家筋に坊の気高い器量に及ぶ者は一人もありません。とにかく坊はソックリそのまま、わたしの心には、あの赤んぼうよりか、だれよりか可愛くッてならないのだよ」と仰有って、少しだまっていらっしゃると思っ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫