・・・成たけ両方をゆっくり取るようにしておかないと、当節は喧しいんだからね。距離をその八尺ずつというお達しでさ、御承知でもございましょうがね。」「ですからなお恐入りますんで、」「そこにまたお目こぼしがあろうッてもんですよ、まあ、口明をなさ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・「出来た」 と言ってくれなかった。「喧しいね」 と、母親の礼子は吐きだすように言って、寝がえりを打った。 礼子は寿子の生みの親ではない。礼子は寿子の母親の妹であったが、寿子の母親が寿子の三つの年になくなって間もなく、後妻・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・覘いている竹村君の後ろをジャン/\と電車が喧しい音を立てて行くと、切るような凩が外套の裾をあおる。隣りの文房具店の前へ来るとしばらく店口の飾りを眺めていたが戸を押し開けてはいって行った。眩しいような瓦斯燈の下に所狭く並べた絵具や手帳や封筒が・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・やっぱり喧しいの。初めはなぜやかましくなかったかと云うと、それは運動場をコンクリート? か何かで修理するために子供らは皆教室につまっていたのです。運動場ができたら、まるで雀の巣が百千あるようです。しかし、そのワヤワヤワヤはまだいいので、こま・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・人格者としての一女性が、人類の希願へ、何等かの光明を投ずべく、其の自由な活動を可能ならしめん為に、其等社会組織の要とする諸権利を獲得し、又仕ようとするのでございます。喧しい婦人参政権の要求も、若し其が、単に男性が所有して居るのに、同じ人類で・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ ――聞いているだけでも一寸わるくないな。儲けばっかり考えている会社につかわれて映画をつくったり、芝居しているのとはちがいがひどすぎる。だが、検閲はどうだい? 喧しいんだろう? 築地の左翼劇場では、警官が出張して台本と首っ引で坐っているよ。・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・「自分の育った処ですもの、私も、偶には『いっさんばらりこ』を聞かないで、さっぱりするでしょう、真個に此処は喧しいんですものね 全く、泰子達が去年の秋から住んで居る其家は、場所と云い、構えと云い、不愉快極るものであった。 丁度駒込・・・ 宮本百合子 「われらの家」
・・・という喧しい宣言のあとで、神を求むる心は忍びやかに人々の胸に育って行く。 キリストの復活を認容することのできなかった物質論は今や人類の常識である。神が七日にして世界を創造したという物語のごときは「物語」以上に何の権威をも持たない。処女懐・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫