・・・本所七不思議の一つに当る狸の莫迦囃子と云うものはこの藪の中から聞えるらしい。少くとも保吉は誰に聞いたのか、狸の莫迦囃子の聞えるのは勿論、おいてき堀や片葉の葭も御竹倉にあるものと確信していた。が、今はこの気味の悪い藪も狸などはどこかへ逐い払っ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・(――同町内というではないが、信也氏は、住居 小浜屋の芸妓姉妹は、その祝宴の八百松で、その京千代と、――中の姉のお民――――小股の切れた、色白なのが居て、二人で、囃子を揃えて、すなわち連獅子に骨身を絞ったというのに――上の姉のこ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・が、これは、勇しき男の獅子舞、媚かしき女の祇園囃子などに斉しく、特に夜に入って練歩行く、祭の催物の一つで、意味は分らぬ、と称うる若連中のすさみである。それ、腰にさげ、帯にさした、法螺の貝と横笛に拍子を合せて、やしこばば、うばば、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・――(同音に囃画工 こうなりゃ凧絵だ、提灯屋だ。そりゃ、しゃくるぞ、水汲むぞ、べっかっこだ。小児等の糸を引いて駈るがままに、ふらふらと舞台を飛廻り、やがて、樹根にどうとなりて、切なき呼吸つく。暮色到る。小児三 凧は切・・・ 泉鏡花 「紅玉」
雛――女夫雛は言うもさらなり。桜雛、柳雛、花菜の雛、桃の花雛、白と緋と、紫の色の菫雛。鄙には、つくし、鼓草の雛。相合傘の春雨雛。小波軽く袖で漕ぐ浅妻船の調の雛。五人囃子、官女たち。ただあの狆ひきというのだけは形も品もなくも・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・ されば夜となく、昼となく、笛、太鼓、鼓などの、舞囃子の音に和して、謡の声起り、深更時ならぬに琴、琵琶など響微に、金沢の寝耳に達する事あり。 一歳初夏の頃より、このあたりを徘徊せる、世にも忌わしき乞食僧あり、その何処より来りしやを知・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ 道子がそのひと達を玄関まで見送って、部屋へ戻って来ると、壁の額の中にはいっている道子の卒業免状を力のない眼で見上げていた喜美子が急に、蚊細いしわがれた声で、「道ちゃん、生国魂さんの獅子舞の囃子がきこえてるわ。」 と、言った。道・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・ げんにその日も――丁度その日は生国魂神社の夏祭で、表通りをお渡御が通るらしく、枕太鼓の音や獅子舞の囃子の音が聴え、他所の子は皆一張羅の晴着を着せてもらい、お渡御を見に行ったり、お宮の境内の見世物を見に行ったり、しているのに、自分だけは・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・恐ろしく美々しい衣装を着た役者がおおぜいではげしい立ち回りをやったり、甲高い悲しい声で歌ったりした。囃の楽器の音が耳の痛くなるほど騒がしかった。ふたをした茶わんに茶を入れて持って来た。熱湯で湿した顔ふきを持って来た。……少しセンチメンタルに・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・公園裏にて下り小路を入れば人の往来織るがごとく、壮士芝居あれば娘手踊あり、軽業カッポレ浪花踊、評判の江川の玉乗りにタッタ三銭を惜しみたまわぬ方々に満たされて囃子の音ただ八ヶまし。猿に餌をやるどれほど面白きか知らず。魚釣幾度か釣り損ねてようや・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
出典:青空文庫