・・・ 天気がいいと、四つ辻の人通りの多い所に立って、まず、その屋台のような物を肩へのせる、それから、鼓板を叩いて、人よせに、謡を唱う。物見高い街中の事だから、大人でも子供でも、それを聞いて、足を止めない者はほとんどない。さて、まわりに人の墻・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・駿河台下には、御承知の通りあの四つ辻の近くに、大時計が一つございます。私は電車を下りる時に、ふとその時計の針が、十二時十五分を指していたのに気がつきました。その時の私には、大時計の白い盤が、雪をもった、鉛のような空を後にして、じっと動かずに・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・必ず新橋から京橋までの間に、左側に三個所、右側に一個所あって、しかもそれが一つ残らず、四つ辻に近い所ですから、これもあるいは気流の関係だとでも、申して申せない事はありますまい。けれどももう少し注意して御覧になると、どの紙屑の渦の中にも、きっ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・雪の四つ辻に、ひとりは提燈を持ってうずくまり、ひとりは胸を張って、おお神様、を連発する。提燈持ちは、アアメンと呻く。私は噴き出した。 救世軍。あの音楽隊のやかましさ。慈善鍋。なぜ、鍋でなければいけないのだろう。鍋にきたない紙幣や銅貨をい・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・またある四つ辻で人々がけんかをしている。交番に引かれる。巡査が尋問する。人だかりがする。通りかかった私は立ち止まって耳を立てる。しかし言葉はほとんど聞き取れない。ただ人々の態度とおりおり聞こえる単語や、間投詞でおよその事件の推移を臆測し、そ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 土佐の高知の播磨屋橋のそばを高架電車で通りながら下のほうをのぞくと街路が上下二層にできていて堀川の泥水が遠い底のほうに黒く光って見えた。 四つ辻から二軒目に緑屋と看板のかかったたぶん宿屋と思われる家がある。その狭い入り口から急な階・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・珈琲店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添えていた。四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店にいる娘さえも、杏のように明るくて可憐であった。かつて私は、こんな情趣の深い町を見たことがなかった。一体こんな町が、東京の何所にあったのだろう。・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫